は?俺には文句しか言わないくせに!
湯井沢の言うことを無条件で聞くあたりやっぱり美馬の方がよほど下僕だ。
「では湯井沢さん!いってきます!」
「はい皆さんによろしく」
声をかけられて舞い上がりそうな顔で部屋を出ていく美馬は本当に湯井沢が好きなんだなあとある意味感心させられた。
まあむかつくことに変わりはないけどな。
それよりこれで当分美馬は帰ってこない。あいつは元々営業部の人間だ。あの多忙を極める部署が経験者をお使いだけで帰すほど甘くないと俺は知っている。
しっかりこき使われて来いよ、美馬。
「それで?何か話があるんだろ?」
湯井沢の声に俺はハッと我に返った。さすがだ、やっぱり気付いてたか。
「ああ、以前言ってた昔湯井沢の家で働いてて今は探偵業をしてるって言ってた人。もう依頼はしてるのか?」
「……まだしてない。美馬がこちらについたしそんな困った状況なら、今さら弱みを探っても仕方ないんじゃないかって」
「そうか」
「……なあ、健斗。俺甘いのかな」
「湯井沢がしたいようにしたらいいと思うよ。このまま許すも許さないも」
「……健斗なら『人を恨むのなんてよくない、許せるなら許してあげたら』って言うと思った」
意外そうな顔で俺を見る湯井沢が少しほっとしていたのは俺の思い違いではないだろう。
「そんないい人だと思ってた?」
「健斗はいい人だぞ。本当に誰よりも優しくて公平だ」
俺は苦笑いをしながら湯井沢の言葉を聞いた。確かに俺はお人よしだし騙すより騙される方がマシだと思ってる。けれどそれは自分に限ってのことだ。湯井沢に関してはわずかも傷ついて欲しくないし傷つける奴がいたら全力で潰す。
……湯井沢を好きだと自覚するまで自分の中にこんな強い気持があるなんて知らなかった。
「健斗は昔から眩しいくらい善人で僕が側にいていいのかなって思ってた」
「はあ?なんだそれ」
「僕は自分が性悪だって自覚してたし僕みたいになって欲しくなかったから。だから好きだって言わずにただ友達として側にいようと思ってたんだ」
なにそれ健気可愛い!
「だから叶さんが羨ましかった。あんなにまっすぐ健斗を好きだと言って甘えてわがまま言えて。でも羨ましすぎて欲張りになったから、こうして健斗と一緒になれたと思うんだ」
「そうだな……」
あの夏のことは本当に今でも信じられない。彼が俺たちの前に現れなかったら、いまでも二人は変わらず親友として暮らしていただろう。そして何も気付かず俺は結婚して子供作って……更に湯井沢を孤独に追いやっていたはずだ。……彼の笑顔の裏にある深い愛情なんて知りもしないで。
「健斗、どうかした?」
「いや、そろそろ叶さんの月命日だなと思って」
「そうだな。今月は平日だから仕事が終わってから会いに行こう」
「そうだな。叶さんの好きなものいっぱい持って行こう。何しろ俺たちの恩人だからな」
「確かに」
二人で顔を見合わせて笑う。
こんな日が一生続くようにと心から願って軽いキスをした……そこでドアの隙間からの恨みがましい視線に気付く。
「おい美馬空気読めよ。早すぎんだろ」
「……イチャイチャしたいから俺を営業部に行かせたんだな」
そういうわけではなかったが、そう思ってくれていた方が楽でいい。
「でもいいんです。湯井沢さんとどうこうなりたいわけじゃないんで」
そう言いながら湯井沢に白い箱を手渡す。蓋を開けるとみっちりとまんじゅうが詰まっていた。
「わあすごい。どうしたんだ?これ」
「営業部で貰いました。湯井沢さんに貢物です。それより叶さんって誰ですか」
「お前!いつから聞いてたんだよ!?」
「聞こえただけだ。戻ってきたら深刻そうになにか話してたんでまんじゅう貰いに戻ったんだよ」
……なんでお前は俺にだけ偉そうなタメ口なんだよ。まあ同い年だからいいんだけどさあ。
俺は釈然としない気持ちで手元にあったペットボトルのお茶を飲んだ。
「健斗の元カレ」
「げふっ!!」
「ええっ?二股?!」
「黙れ!美馬!なんでそうなる!それに湯井沢も。その言い方は語弊があるぞ」
実際に叶さんを好きだと勘違いしていた時もあった。けれどそれは移植された心臓が持ち主と惹かれ合っただけだって知ってるくせに!
……あ、腹いせ?当時湯井沢の気持ちに気付かず、浮かれて叶さんにばかりかまってたから。
うわあ、早く家に連れて帰りたい。早退してもいいかな。
「なんにせよ湯井沢さんを泣かせたら許さない」
ぎろっと俺を睨む美馬。だが、それだけ湯井沢を本当に大事に思ってるってことなんだろう。
そう思うと憎めない気持ちになった。……まあ気に食わないことには違いないが。
「もうすぐ始業時間だ!仕事始めるぞ。美馬は昨日の続き、健斗は見積もりな」
「はい!」
「おう」
俺たちはチャイムの音を合図にそれぞれのデスクに戻った。
……そろそろ梅の花が見頃になる。
叶さんのいるところも咲いてるかもしれない。
こうして叶さんを思い出しても以前のように胸を突くような痛みはなくなった。
ただ変わらず愛おしく懐かしい気持ちが広がっていく。
周りから見れば元カレというのかもしれないが、真実は俺たちだけが知っていればいい。
「なあ湯井沢、お前の持ってる資料見せて」
「いいよ」
叶さんも好きだと言った湯井沢の笑顔。こんな顔をずっと見られるようにこれからも大事にしていこう。
「真っ暗ですね」
「そうだな。まあ園の中に入れば街灯はあると思うけどな」
叶さんの月命日の日、俺たちは何故か四人揃って叶さんの眠る墓地に墓参りに来ていた。
「どうして美馬が?」
東堂課長に聞くと「美馬くんも来たいって言ったから」と不明瞭な回答が返ってくる。
「送別会もそうだったけど、美馬は知らない人の行事に参加するのが好きなの?」
湯井沢の問いに美馬は顔色を悪くした。
「違うんです。東堂課長に『叶さんって誰ですか?って聞いたら一緒に会いに行く?』って言われて」