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85話 年明け

結局その日から三日間、俺たちはずっと実家で過ごした。夜通しゲームをしたり花札やクロスワードパズルまで。それも全員でやるもんだからそれはそれは大賑わいの年末年始だった。


「あー朝なのに眠すぎる……」


「海ちゃんと意地になって競うからだろ」


来た時と違って湯井沢の顔は明るい。湯井沢にもきちんと安心できる場所を作れたことに俺は安堵した。


いつまでもお客さんじゃ気を使うもんな。

人がいないことを確認してそっと手を握ると、湯井沢が強く握り返して来る。


「いたたたたたた」


「あ、ごめん」


このちっさい体のどこにこんな力があるんだろう。あ、食べ物か?あれだけ食べたら俺もこんなに力がつくのか?


「決めた。今年の抱負は食だ。沢山食べて元気に暮らす!」


「それはいいね。僕もそうしよう」


いやお前はもういいだろと俺は喉まで出かかった言葉をなんとか飲み込んで、複雑な顔で笑っておいた。




残り一日の正月休みは二人でゆっくり過ごすことにした。マンションに戻って足りなかった睡眠を補ったあとは近くの神社に初詣に出かける。

小さな所なので混むこともなく、おみくじを引いてお守りを選ぶことにした。


「それなに?健康?」


「そうだ。健康が一番だろ。湯井沢は力は強いけどよく風邪を引くからこれがいいと思う」


「交通安全も捨て難いよ?事故に遭ったらどんなに健康でも終わりだろ」


……一理ある。


「それならこれがいいですよ」


俺たちの話を聞いていたのが綺麗な巫女さんが一回り大きめのお守りを推して来た。


「これは?」


「何にでも効きます」


都合良すぎじゃない?


「全部って健康とか交通安全とか?」


「はい。それに恋愛やSNSの拡散防止も」


「……なんて?」


「最近怖いじゃないですかー。盗撮とかされて勝手にネットに上げられるの。そういうのも防ぎます」


すげーな。最近は神社まで多角的戦略だ。


「じゃあこれで」


「二つですね、ありがとうございます」


なんとなく騙された感も否めない割高なお守りを買ったあとは出店を見ながらその辺りをぶらぶらと歩いた。


「なんか食べる?」


「そうだなあ、たこ焼きかな。寒いし」


「お兄さんたこ焼き二つ」


「はいよ!」


寒い中、元気に対応してくれるお兄さんに礼を言ってあったかい食べ物で体を温めた。


「お守りお揃いだな」


「あーもう。可愛いこと言うな」


「……忘れてくれ」


「絶対忘れない」


「…………」


なんか俺が言葉を発するたびに湯井沢の機嫌を損ねてる気がしてたんだけど、最近は黙り込んでても首筋とかが赤いから照れてるだけなんだと思うことにした。いや、そうであってくれ。


「次は何食べようか?」


「……イカ焼き」


「よし買って来るな!」


湯井沢の機嫌は食べ物で取るしかない。俺は出店という出店を回ってひたすら湯井沢に戦利品を献上し続けた。



長いと思っていた正月休みはあっという間に終わり、俺たちは実家近くの和菓子屋で買ったお土産を片手に二人仲良く出勤した。


「湯井沢さん、今年もよろしくお願いします。会いたかったです」


美馬が早速俺をいないものにしている。


「美馬、健斗から聞いたよ。別荘の件ありがとうな。鍵は返しておいた方がいいかな?」


「いえ、湯井沢さんの物なんですよね。持っててください」


「でもバレた時に責められるんじゃ……」


「湯井沢さんのために責められるなら本望です」


……やっぱり下僕になってる。


「その節は世話になったな。お陰で楽しい楽しいクリスマスを過ごせたよ」


「健斗。世話になったのにその言いぐさは如何なものかな?」


「すいません」


おい美馬。ザマアミロみたいな顔すんな。


「美馬はまたここで仕事すんのか?」


「はい!無事営業部の仕事を終えて戻って来ました!」


「そっか、今日からまたよろしくね」


「はい。こちらこそ」


どさくさに紛れて手を差し出したので俺が代わりに握手しておいた。おい、睨むなよ。


「じゃあ早速仕事始めようか」


その言葉を合図に俺たちはまた日常に戻る。今年は何もありませんように。そう願うがそうもいかないだろうことは分かっている。

避けられない湯井沢と実家との軋轢。

俺ができることは少ないかもしれないが、もう俺たちは家族だ。


出来ることを精一杯やって湯井沢を支えていきたいと思う。

……それが本当の今年の抱負だ。





そんな願いも虚しく、新年早々に湯井沢の実家から帰省命令が出たらしい。

ほっといてもいいと言ってたが、この機会に俺たちのことをちゃんと伝えたい。


湯井沢にはもう新しい家族がいる。だからもう構うな、そう言いたかった。


相手から指定されたのは一月の中旬頃の日曜日。時間まで指定して出向いて来いなんてどれだけ上からなんだ。


「当日はスーツかな」


「……本当にくんの?」


「当たり前だろ。お前を一人で行かせるわけない」


「……面白い事ないぞ」


「期待してないから大丈夫」


湯井沢がふふっと笑う。

以前は家族のことに関しては頑なに話そうとしなかった。実家に一緒に行くなんてもってのほかだ。けれど今回はダメだと言われなかったのだ。それだけで俺は満足だ。


「今回は家族全員が集まるらしい。父親なんて十年くらい会ってないんたけど本当に何の用だろうな」


「それを聞きに行くんだよ」


言いたいことは山ほどある。まあ相手次第だけど。でも今まで邪険にしてた息子に会いたいなんて何か企んでるんだろうな。

聞けば盆暮正月にも呼ばれたことなんて一度もないらしい。


「本当今更だな」


返してくれと言われてももう遅い。

湯井沢は俺が幸せにするんだから。




そしていよいよ約束の日が訪れた。


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