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84話 帰省

「家族に紹介するってやつ?」


「そう……。いくらなんでも無理だと思う」


湯井沢らしくないしょんぼりとした後ろ姿に少し胸が痛む。


「まあ普通はそうだろうなあ」


「だから今回じゃなくてもいいんじゃないかな」


「でもな、うちは普通じゃないんだよ」


「そんなこと言ってもやっぱり親の立場だとしたら複雑だろう?」


「そうだな。多分本音で言えば複雑かもしれないけど。うちの家族はみんな湯井沢が好きなんだよ」


「それとこれとは違うと思う。卑怯かもしれないけどお前との関係に傷を付けたくない」


「まあそうならないようにちゃんと本気で話すよ。ダメか?」


「いや、健斗が自分の家族に話したいっていうのに俺が嫌だっていう権利はない」


権利ならもう十分に持ってるんだよ。そう思うがそれは自分で気付いて欲しい。


「ずっと一緒だから」


俺がそういうと湯井沢は頼りない笑顔でうんと頷いた。



大晦日。

俺の実家に行く前にもうひとり俺たちのことを許して欲しい人のもとに向かった。

便利な場所にあるその墓地はこじんまりとしていて、藤堂家という名門に属していた人が眠るにしては少し寂しく感じる。


「母さん久しぶり。今日は好きな人を連れてきたよ」


俺はお供えの花を抱えて湯井沢と彼のお母さんとの再会を見守っていた。

だが彼はさっと立ち上がって花を供え帰ろうとする。


「……え?もう終わり?」


好きな人と言われて浮かれていた俺は驚いて湯井沢を見た。


「だって顔も覚えてないんだよ。話すことなんてないよ」


そう言いながらも毎年欠かさず墓参りをしていたところをみると情はあるのだろう。

以前、湯井沢の伯母夫婦である社長に会ったとき、母親を助けてほしかったと泣いていた顔が蘇る。


「ほんとにいいのか?」


「ああ、また来年な」


「じゃあ俺も挨拶しよっと」


俺は墓の前に膝をついて座り、真面目な顔で墓石を見つめた。


「初めましてお母様。挨拶が遅くなってすみません。浩之くんとお付き合いをさせていただいてます沢渡健斗と申します」


びっくりしましたよね?そりゃそうです。なんせ愛息子が連れて来たのが男なんですから。

俺は心の中でそっと謝った。


「浩之くんはとても立派な人です。俺はそんな彼に相応しくないかもしれませんがずっと一生彼と生きていきたいと思ってます」


墓石はもちろん何も答えてくれない。けれど何だか歓迎されているような暖かい空気を感じた。

……多分気のせいじゃないと思う。


「次に来る時にはきちんと籍も入れて法的にも家族になってたらいいなと思ってます。その時はお祝いしてくれたら嬉しいです」


そう言って後ろに立っている湯井沢を見上げるとびっくりするくらい顔を赤くしていた。


「……もういいだろ。母さんも急なことでびっくりしてると思うぞ」


ぶっきらぼうだが俺の言葉を受け入れてくれている湯井沢が愛しい。


「……そうだな。また一緒に来よう」


「うん。早くおばさんのお節食べたい」


「ああ、うん……」


どれだけ食い気なんだと思いつつも沢山のお土産を買い込んで実家に向かう湯井沢は楽しそうだった。そして、そんな俺たちの薬指にはプラチナのリングが光っていた。


「緊張する~」


こんなに寒いのに何度も水を飲む湯井沢は可哀想なくらい悲観的になっていて、あやうく「今日はやめようか」と何度も言いそうになった。

けれどこれはけじめだ。

これから二人で生きていく為に必要なことだから。



「ただいま」


慣れたドアを開けて靴を脱ぐと廊下の先からバタバタと賑やかな足音が聞こえる。


「「お帰りなさいー!ゆいくん!お兄!」」


「おー海、空。お土産だぞ」


「ええっっ?!デパコス!このチョイス絶対ゆいくんだあ!ありがとー!」


「失礼だな俺も選んだわ」


「リボンの色は赤か黒か?くらいでしょ?」


図星だ。女って怖い。


「二人ともお帰りなさい。寒かったでしょ。早くこたつに入って」


そう言うなり山のようなみかんがこたつ机に積まれる。人間が食べる量じゃないな。


「おかえり」


和室では親父が栗きんとん用だろうか、さつまいもを裏漉ししていた。そして二人でいるのを見て嬉しそうに笑った。


「みんな、話がある。ここに座ってくれ」


俺たちは二人で和室に正座した。


「えっ?なんだ??」


親父も慌てて漉し器を横に置いて正座すると、何事かと母親と妹たちも和室にやって来た。


「みんな、俺は今、湯井沢と付き合ってる。軽い気持ちじゃないし将来的には何らかの方法で籍を入れて家族になりたいと思ってる。結婚とか孫とか全部諦めさせることになるけど、俺たちの幸せを認めて欲しい」


そう言って頭を下げると、隣の湯井沢も黙って頭を下げた。


しばらくの静寂ののち、拍手が聞こえて来たので頭を上げると、海と空が泣きながら手を叩いていた。


「何泣いてんだよ」


「だってーやっとなんだもん!」


そのうち両親まで泣きながら手を叩き出したので居た堪れない気持ちになった。


「やめてくれ、なんで拍手なんだ。それに泣くなって!」


隣の湯井沢はぽかんとしてみんなを見ている。


「な?心配ないだろ?実は以前親父と話した時に大丈夫って言われてたんだ」


俺がそう言うと湯井沢まで涙をポロポロと溢しだし、家の中は大変なことになった。 


「なんだよ~先に言えよ~緊張しただろ!」


「ご、ごめん」


「ゆいくん本当に良かったね!泣かないで~」


「いつ話してくれるのかってずっと待ってたわよ!」


「これからは名実共に湯井沢くんはうちの子ね!ひろくんって呼んでいい?」


「じゃあ私はヒロ兄って呼ぶ」


「私もそう呼ぶよ!」


コクコクと頷く湯井沢は、緊張が解けたのか声を上げて泣き始めた。


「今日はお祝いね、一足早くおせち食べちゃおうか」


まだ年も越してないのにそんなことを言う母親もとても嬉しそうで、早速テーブルにご馳走を並べ出す。


……今まで以上に騒がしい帰省になったけど、胸の支えが一つ取れたようで気持ちは晴れやかだ。


宣言した通り、俺たちはこれから家族になり、一生を共に暮らす、そんな決意を固めた夜だった。



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