「喉乾いた」
ああ、ずっと可愛い声で鳴いてもんなと心の中でにやけた返事をしてから「コンビニ寄るな」とキリリと真面目な顔で返す。
でも多分バレてる。だって目が吊り上がってる……けど今日初めて俺を見てくれた。嬉しい。
コンビニに着くと物も言わずにバタンと車から降りてしまった。その歩く姿に少し昨夜の痕跡を感じて勝手に顔が赤くなってしまった。
「はあ。恋人ってこんな感じなんだなあ」
俺は今、この世の春を独り占めしてる。真冬だけど。
「……ただいま」
「好きな飲み物あった?」
「まぁ……ほら、健斗の分」
「ありがとう」
俺がいつも飲んでいるコーヒーだ。
ほんと湯井沢はこんな時でも優しいな。
「……どうしてくれるんだよ」
湯井沢がいつものいちごラテを飲みながら拗ねた顔をしている。
「何が?」
「ますますあの別荘売れなくなったじゃないか」
その可愛い悪態に俺は声を出して笑った。
翌日出社すると年内に片付けないといけない事務作業が山盛りで俺たちを迎えた。
「先輩わざとですよね?俺たちをこき使おうと思って」
営業アシスタント部の長は何でもない顔をして俺の方に向き直る。
「何言ってんだ可愛い後輩にそんなことするするはずないだろ」
……口元がもにょってる。絶対嫌がらせだ。
「まあ楽しいクリスマス休みをいただいたので頑張りますけどね」
「くそっ楽しかったのか……」
「すいません」
「余計に惨めだからやめてくれる?」
「はい」
そして皆で黙って仕事をこなす。なんとかしないと正月に出社するという大惨事が起こるのだ。
今夜は残業かあ……そう考えながら湯井沢を見た。
体大丈夫かな……。
出来る限りの準備はしたし、負担の少ないように気を使ったつもりだったが、やはり湯井沢の方が絶対にキツかったはずだ。
だってあんなに……。
「うわああああっ!」
「え?!なんだ?!」
「あ、すいませんえっと虫が」
「虫?こんなビルの中に?」
「すいません、見間違いだったみたいです」
「なんだよーもー」
怒られながらも俺の頭の中は湯井沢のことでいっぱいだった。だめだ!こんなとこで思い出すんじゃない!あらぬ所が反応してしまう!
けれど消しても消しても湯井沢の綺麗なうなじや色っぽい腰のほくろなんかが脳裏によみがえる。
俺は頭を振って全力で仕事に取り組んだ。
「いやー沢渡すごいな!」
「ありがとうございます!」
「本当だよ。年末までの作業を一日でやっちゃうんだから」
へへっと照れ笑いする俺は心の中で湯井沢のおかげだと思っていた。
煩悩と戦うのは大変な労力がかかるんだな。
でもお陰で定時に帰れる。湯井沢と買い物でもして美味しいご飯を作ろう。
だがその前に寄りたい場所があるのだ。
「お先です」
「お疲れ様ー」
そんな声を掛け合いながら湯井沢と二人で社外に出た。
「年末は外出がないから部署も賑やかでいいな」
「ああ、俺たちも新年度になったら出るって言ってたぞ」
「そっか。いよいよデビューだな」
「美馬に負けないように頑張ろう。あいつは今日も営業部に行ってたけど戻るのかな」
「どうかな。人事に関しては自分の思い通りにならないからね」
今日は比較的暖かい日だったが、それでも日が暮れると寒さが体に堪える。
そんな中申し訳なかったが、湯井沢に寄り道したいとお願いしてわがままを聞いてもらった。
「どこいくんだ?」
「あの店」
「……宝石店?健斗に一番関係ない店だな?」
「うるさいわ」
湯井沢の嫌味をいなしてドアを開け、中に入ると店員さんに指輪を見たいと頼んだ。
「ゆびわ?」
湯井沢が俺を見る視線が痛い。
「うん……実家に帰る時につけて行きたいと思ってるんだけど……どうかな」
語尾が消え入りそうなほど小さくなった。断られたらどうしよう。まだ早いとかそんなのいらないとか……。
「うん、いいね」
にこりと笑うと湯井沢はショーケースを眺めだす。
……良かった……!!
「プレゼントですか?」
感じのいい女性の店員さんが近付いてきたので俺はそうですと頷いて、湯井沢の方を見た。
それだけで察してくれた店員さんはとても自然に俺たちの指のサイズを測ってくれる。
「年内に欲しいんです。間に合いますか?」
「勿論です。明日には仕上げてお待ちしてます」
良かった。間に合う。
湯井沢は真剣な顔をして指輪を見ていた。一生使うんだもんな、と言う真面目な顔が可愛くて思わず笑ったら店員さんも笑ってて、湯井沢はバツが悪そうに苦笑いをする。
男同士でも嫌な顔しない店もあるんだな。
良かったと胸を撫で下ろして湯井沢が選んだ指輪を買い、店を後にする。
「なんでいきなり指輪なんだよ」
ちょっと照れくさそうに湯井沢が聞くので
「俺はお前のものだって証明」と言うと、何だそれと笑顔が返ってくる。
本当に湯井沢の笑顔は絶品だ。
「……それからうちの家族にも知って欲しくて」
「えっ?」
「正月に帰省した時に家族に湯井沢を紹介したい。さっきの指輪を二人でつけて帰りたいんだ」
湯井沢は目に見えて動揺し、押し黙る。
ちょうど駅に着いたので会話はそこで途切れ、家に着くまで湯井沢は一言も話さなかった。
「なあ、さっきの話……」
夕食のパスタを鍋でゆがきながら湯井沢が不安そうに俺を見た。
「家族に紹介するってやつ?」