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82話 二人きりの夜

待ちに待ったクリスマスイブ。

今年は日曜日だったので朝から目的地に出発した。

車はゆったりとした高級車をレンタルして俺が運転する。湯井沢にはくつろいでもらおうとクッションや膝掛け、おやつまで持ち込んで準備万端だ。


「どこに向かってるんだ?」


「ないしょ!」


それでも湯井沢は窓の景色を見たりおやつを食べたりして楽しそうに過ごしてくれている。今日の計画は大成功に違いない。そんな予感がしていた。……この時までは。


「健斗……ここって」


目的地に着いて車を止めると、湯井沢は驚いた顔で俺を見た。

そうここは俺たちが高校生の時一夏を過ごした湯井沢の別荘だ。


「驚いたな。まさかここに来るなんて」


「ふふん。サプラーイズ!」


「でも鍵は?継母が隠したから僕も持ってないんだけど」


「それは美馬に頼んだ。」


この計画を思いついたあと、美馬に連絡をして湯井沢の実家から鍵を入手してもらった。入手というかまあ有りかを探って盗んで来て貰ったと言った方が早いが、まあそもそもが湯井沢の物なんだから問題ないだろう。

見返りに湯井沢の写真を渡すことになったのは悔しいが、この鍵は今日の計画になくてはならない物だったので仕方がない。


「うわあ。久しぶりだなあ。やっぱり庭も結構荒れてるな。夏になったら掃除に来ないと」


そう言いながら「寒っ」と体を震わせる湯井沢。

確かにそうだ。夏にならないと無理だろう。

冬に来るのは初めてだから気づかなかったが、海の側だから寒い。特に今日はやたらと風が強くてものすごく寒かった。


「早く中に入ろう」


「鍵錆びてないかな」


「大丈夫」


ガチャリと音がしてドアが開く。



壁のスイッチを押して電気をつけると部屋中がクリスマス仕様に飾り付けられている。


「ええっ?!何これ!」


「クリスマスらしいだろ?」


テーブルにご馳走が並んでいたら完璧だったんだが、人を雇って昨日のうちに準備して貰ったので食べ物は全て冷蔵庫の中だ。


……この寒さならテーブルでも大丈夫だったかもしれないが……。


俺は先に入って石油ストーブをつけた。

人気のない空間がゆっくりと温まっていく。


「あああったかい」


湯井沢なんてもう抱え込む勢いでストーブから離れない。

その間に俺は冷蔵庫から出した料理を片っ端から温めてテーブルに並べていった。


「シャンパンもあるぞ。ホールケーキもあるけど食べ切れるかな」


「イケる!」


小さく縮こまりながらもグッと親指を立てる湯井沢。

頼もしい~。

そうしてようやく少し部屋が温まってきたところでパーティは始まった。


「風すごいな」


「……ああ」


その上雨まで降ってきた。

何かがぶつかっているのか時折、ドンっと大きな音もする。夏の避暑を想定した別荘なので隙間風が結構あって小さなストーブ一つでは部屋全体が温まるのは難しそうだ。


……ああ大きいストーブにすれば良かった。いや二つか三つくらい買っておけば良かった。

この寒さだと用意した布団じゃ寒くて寝られないかもしれない。最悪車に戻ってそこで夜を明かすか?いや、この雨だと車までたどり着いた時にはびしょ濡れだ。


グルグルと考えを巡らす中、湯井沢がじっと俺を見ていることに気がついた。


「ごめん」


「え?」


「いい計画だと思ったんだけど……」


世間のカップルは今頃暖かい部屋でご馳走を食べてるだろうに……。なんだか情けなくて泣きそうになる。


「最高だよ。本当に嬉しい。また健斗とここに来られるなんて夢にも思わなかったもん」


「湯井沢……」


車から持ってきた膝掛けを取り出した湯井沢は、それをお互いの背中に掛けて暖をとる。


「ガスは来てるんだろ?さっきお湯沸かしてたもんな。そしたら熱い風呂に入ってくっついて寝れば暖かいよ」


「うん、そうだな」


「それより早くご飯食べよう。すごいどれも美味しそう」


そう言ってチルドの何でもないメニューを美味しそうに次々と平らげていく。

ホールケーキは切らずに二人で両端から崩して食べていった。


「楽しいな。あの頃を思い出すよ」


「そうだね。でも僕は今の方がずっと楽しい。だってもう片想いじゃないんだもん」


……そうだ。もうこの頃から湯井沢は……。


「ごめんな。遅くなって。でもその分これから先はずっと一緒にいる」


「うん。僕も」


どちらからともなく唇が重なる。

それは段々と激しくなり、気付けば部屋の寒さが気にならないくらいにお互いの体は熱くなっていた。


「ちょ、ちょっと待って。色々調べたんだけど準備があって……」


「俺にさせて」


「そんなの嫌だ……んっ!」


俺だって調べた。それはもう色々と妄想を交えながら。

だから大丈夫、任せて欲しいと耳元で囁くと、湯井沢の体からくにゃりと力が抜ける。

今だとばかりに俺はそんな湯井沢を抱き抱えてバスルームに急いだ。







「一生許さない」


翌日、帰りの車の中で湯井沢が呪いのような言葉を吐く。けれどその頬は赤く染まっているので照れてるだけだと自分に言い聞かせた。


……だって怖いから。


夢にまで見た夜を堪能して二人で抱き合って眠り、目覚めてからまた……。


湯井沢は素晴らしく綺麗で可愛かったし、念願の全裸も見ることが出来た。クリスマスって最高だな。


「なにニヤニヤしてるんだよ!」


湯井沢からクッションが飛んでくる。けれど信号待ちを狙ったところからしてちゃんと冷静ではいるんだろう。

けれど最終的に正体をなくして俺に縋りついたのが恥ずかしかったのか、まるで目を合わせてくれない。


……どうしよう。もう最高潮だと思っていたのにどんどん好きになっていく。まだまだ上はあるようだ。

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