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81話 クリスマスは二人で

……トレーまで食べそうな勢いだな。まあ湯井沢が食べろって言ったら食べるんだろうけど。


「ほんとひろくんの周りには面白い人が集まって退屈しないね」


そう言う東堂課長も同じ穴のムジナだと思うんだけど……。




過去一気まずい昼食を終えた俺と湯井沢は時間ギリギリで部署に戻った。美馬は午後も営業部で引き続き作業をするということで今日はもう顔を見ることもない。


「あいつここに入社したのは偶然かな」


「どうかな。でもコネは使えないからわざとだとしても実力はあるって事じゃないかな」


「なるほど」


確かに地頭は良さそうだった。仕事の覚えも早いし。役者って言ってたけど厳しい世界に身を置いてると自然と能力も高くなるんだろうなあ。

……まあ俺も負けないけどな。


「書類出来たから届けに行くけど健斗のも一緒に持ってってやろうか?」


「うん、頼む」


今日は美馬がいないので電話番のためにどちらかは部屋に残らないといけない。

滅多にかかってくることはないが、その場合は急ぎの要件であることがほとんどだからだ。


「じゃあ行って来ます」


「気をつけてな」


ドアが閉まった。

よし今だ。


俺はパソコンをプライベートモードに切り替えてクリスマスのレストランとホテルを検索した。ある程度目処は付けているが選択肢が多く、今だに絞り込めていない。


……家だとスマホの画面をすぐ覗き込んでくるからゆっくり探せないんだよな。まあ可愛いからいいんだけど。あ、ここいいな!……予約いっぱいか……。え?ここも?クリスマスどうなってんの?!やばいホテルは……ええ?高っ!!


クリスマス舐めてた。

とんでもなく足元見られてる。


考えていた場所が全滅で俺の頭は真っ白になった。高いのはまだいい。普通に貯金はあるし湯井沢が喜んでくれるなら全然惜しくない。でも予約が取れないのはどうしようもない。


……仕切り直しだ。あんなに任せてって言ったくせに……。最高の一日にしようって思ってたのに……。


途方に暮れていると携帯が鳴りメッセージの通知を告げた。開いてみると笹野さんだ。


[昨日はありがとう!早速使わせてもらってます!]


そんなメッセージと共に緑いっぱいの背景でバッチリオシャレをしてプレゼントしたカバンを持っている笹野さんの写真が送られて来た。


いいなあ。さすが笹野さん。


きっと地元に帰っても強く自分らしく生きていくんだろう。

湯井沢が笹野さんに新作のブランドバックをプレゼントしたのはその武器の一つにしてもらう為だったのかもしれない。


……そういえば笹野さんなら穴場のレストランとか知ってそうだよなあ。

聞いてみようかと思ったが、ふといい事を思いついた。


彼女のように自分らしく生きよう。

高級なホテルやレストランもいいけど、それが俺らしいかと言えばそんなことはない。むしろテーブルマナーも最低限しか知らないし、場慣れもしてない俺は、湯井沢に恥をかかせる危険性もある。


それなら……。


「よし!これに決めた」


そうと決まれば早めに手配だ。

俺は急いである人に連絡を取った。






世間は12月に入り、町中がイルミネーションでキラキラと輝いている。社内では年末年始の休みの話で盛り上がり、この時とばかりに有給を取って海外に行く人も多いようだ。


「健斗は正月は実家?」


「そのつもりだけど湯井沢が二人きりで過ごしたいならマンションで一緒に過ごすよ」


「健斗の実家で」


「だよね」


湯井沢はうちの母親が作るお節が大好きだ。昔ながらの料理が多いので海や空はほとんど食べない。だから正月は毎年湯井沢を連れて帰ると母親は大喜びなのだ。


「俺は年末から帰るけど湯井沢はいつも通り元旦に来る?」


「そうだな。そうしようかな」


……待てよ?そういえば湯井沢は大晦日どうしてるんだろう。実家に帰るとも思えないし、まさか一人で?


「俺が帰る時、一緒に帰ろうか。大晦日もうちは賑やかだぞ」


「あははそうだろうな。でも行くとこあるから」


「……そうか」


これ聞いていいやつ?踏み込んでもいいのかな。色々と事情がある奴だからこの辺りの線引きが分からない……。ええい!いいや!聞こう!


「どこ行くんだ?」


「母親の墓参り。大晦日に死んだらしい」


「…………」


初耳だ。


「寒い時期だけどさ、俺が行かないと誰も参らない墓だから命日くらいは行った方がいいのかなと思って」


……聞いて良かった。恋人のくせに湯井沢をたった一人でそんな寂しい場所に行かせるとこだった。


「俺も行く」


「いいよ。山の上だし寒いから」


「一緒に行く。挨拶したいし」


「……うん」


湯井沢が困ったように笑っている。

知ってる。あの顔は嬉しい時だ。


「じゃあ墓参り終わったらそのまま俺の実家に行こう。大晦日はみんなで大騒ぎして年を越すんだ」


「そんな年越ししたことない。でもきっと楽しいだろうな」


「楽しいよ!みんなでボードゲームしたりテレビで歌番組見るんだ。そのうち酔っ払って親父が踊りだしたり」


「えっ?!おじさんが?!」


「普段は物静かなんだけどたまに酔いすぎてテンションおかしくなるんだよ。もう爆笑だから年末は家族総出で飲ませるんだ」


「あははは!ひどいな!」


想像したのか既に笑いながらそう言う湯井沢は本当に楽しそうで、早く年末にならないかなと思った。



……いやその前にクリスマスだ。

頑張って立てた計画。湯井沢は喜んでくれるだろうか。







「クリスマスは休みます」


ザワッ!!


部署内にどよめきが走る。今日は月に一度の会議の日なので皆の予定をすり合わせするのだ。


「沢渡……お前とうとう……」


「とうとうって何ですか。俺にだってクリスマスを過ごす人はいるんです」


「大人になったんだなあ……」


リーダーの佐野さんまで失礼なことを言う。


「あ、湯井沢も休みって言ってました」


「えっ?僕?」


当の湯井沢が驚いた声を出す。

ここは静かにしておいてくれ。俺は湯井沢に向かって無言で頷いた。


「なんだよ陽キャ共め。天罰だ」


そう言って佐野さんは俺の手の甲にペンで奇妙な人形みたいなものを落書きした。


「ひどいです佐野さん。ブードゥ教の呪いの人形を描くなんて」


「は?あんぱんマンだが?佐渡こそ失礼だな」


……えっ?どこが??


それはともかくこれで俺たちのクリスマスは死守した。後は……ふふっ。


「健斗どうしたんだよ。クリスマスに休みって、別に夜やればいいんじゃないの?」


部署に戻って二人きりになった途端、湯井沢が文句を垂れ始めた。


「甘いな。今年のクリスマスは俺たちにとって初めてな訳だ。失敗は許されない」


「失敗とは」


「まあ任せてくれよ」


「ああうん」


何だ不安そうなその顔。


「まあ健斗が計画立てるなんて滅多にないしね。楽しみにしてるよ」


「おう!」


……だが、俺は舐めてた。

何をって色々と……全てをだ。



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