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80話 ご主人様?

「ひろくんの実家周りを探ってたら怪しい人物が見つかってさ。それがこの美馬くんだったから来てもらった」


「げふっ!!!」


ゴホゴホむせながら美馬を見ると沈痛な面持ちで俯いている。


「お前!変なもん実家のポストに入れやがって!!湯井沢もなんとか言ってやれ!」


箸をバン!と置いてふと湯井沢を見ると黙々と唐揚げを堪能している。

……まさか……。


「……湯井沢?お前知ってた?」


「確信じゃないけど多分そうだろうなって思ってた」


「言えよーーーー?!」


「気付いてないとは思わなかった」


なんだそれ。俺が一人バカみたいじゃないか。……ああバカなのか。そうだよな。俺なんて所詮は平の一般庶民だもんな。人を疑うとか今まで経験なかったんだから仕方ないだろ。


それにしても……。


「美馬、昨日酒の席で湯井沢が好きだって叫んだのも芝居か」


「…………」


「美馬!!」


ビクリと肩を震わせた美馬は俯いたまま首を振った。



「本当に好きになりました……。最初は湯井沢さんを懐かせて俺のこと好きにさせてから上手く操ろうとしてたけど……予想外に振り回されて気付いたら本当に……」


「湯井沢夫人の差金だよね」


湯井沢が静かに尋ねる。


「……はい」


俺は椅子を蹴飛ばして美馬に飛びつき、その襟首を締め上げる。


「健斗くん落ち着いて」 


「だってこいつのせいで危うく湯井沢がつらい思いをするとこだったんですよ!」


うちの家族があんな感じだからことなきを得たものの、普通の家なら勘当の上、出入り禁止だ。


「分かったよ、ひとまず話を聞こう」


そう言って東堂課長が俺の指を優しく剥がす。すると突然美馬が椅子から降りて床に座り土下座した。


……頭を踏んでもいいかな。


「……すいません!俺の親父が夫人の秘書みたいなことやってて、子供の頃から夫人と面識があったんですけど……。俺役者やってて売れてなくて……。事務所紹介してやるって言われてつい……」


役者……どうりでどっかでみたことあると思った。でも言わせてもらおう。


「そんな事情知らんがな!!」


「……っそれで湯井沢さんと沢渡さんの監視を命令されました。何かあったらいつでも動けるように仲良くしておけと」


「何かってなんだろうな」


「それはまだ知らされてません」


「そっか、それなのにひろくんを好きになっちゃったんだね。ひろくんモテモテだねー」


……今、湯井沢がイラっとする音が聞こえた。やばい。


「みっ美馬!なんで湯井沢なんだよ。俺だっていただろ」


「……俺元々ゲイで小柄で可愛い人の方が好みだから……」


「あっそうふうん」


別にいいんだけどなんか非モテって言われたみたいで腹立つ。別にゲイにモテなくてもいいんだけどさ。


「でも湯井沢さんは見た目は可愛いのに全然思い通りにならなくて。そんな彼を懐かせて俺の手からじゃないとご飯を食べないようにしたり、俺以外の人の言うことは聞かないようにしたくて……反省してます」


……レベチの性癖だな。良かった好かれなくて。


「やめろ変態。誰がお前の言いなりになるかよ」


そうだぞ!……と思ってから昨夜俺の手からアイスを食べていた湯井沢を思い出した。あれは俺だからってことか?

なんだよ愛しい生き物だな!湯井沢!


「……健斗気持ち悪い顔してこっち見ないでくれる?」


くそっ!口は悪いけど俺にベタ惚れなの知ってるんだからな!ああ早くクリスマスにならないかな?!


「まあみんな取り敢えず事情は分かった。これからのことは後で考えるとして先にご飯食べよう。社食のスタッフさんがせっかくここまで出前してくれたんだからさ」


……申し訳ないけど食欲なんてもうなくなっ……湯井沢すごい食べてる。いつでもマイペースで可愛いなあ。


元気に定食を食べ始めた湯井沢を見ていると美馬も同じように彼を見ていることに気付く。その目からは確かに彼への愛情を感じられて先ほどの話が嘘じゃないことを証明していた。



「美馬、これからどうするんだ?」


俺の問いに美馬はしょんぼりと俯く。


「退職して新しい仕事探します。まだ役者だけじゃ食っていけないんで。それから自分の力でちゃんと大手の事務所に所属できるよう頑張ります」


……湯井沢が絡まなければ好青年なんだけどな。


「辞めなくていいよ」


「えっ?」


湯井沢の言葉に一同が彼を見た。


「その代わり継母の動きを僕に教えてくれ」


「湯井沢さん……俺が側にいるのを許してくれるんですか……?」


途端に嫌そうな顔をして湯井沢が美馬を見た。


「スパイしろって言ってるだけだから曲解すんなよ。あと、僕は付き合ってる人がいるから」


「えあっ?!や、やっぱり昨日の……」


「笹野さんじゃない。健斗だよ。こいつの実家に変な手紙送っといて今更なに言ってんだ」


「えっ!!!まさか本当だったんですか?!あの手紙は夫人に言われて出しただけで、全然信じてなかったんですけど!」


興奮したのか向かいに座っていた湯井沢の側まで近づいて来た美馬はそこで膝から崩れ落ちる。


「もうご主人様がいたなんて……」


「まてまてまてご主人様ってなんだ俺のことか?」


むしろ逆だ。ご主人様と言うなら間違いなく湯井沢の方だろう!


「……でもこのままお別れなんてつらすぎるので是非スパイをさせて下さい。絶対に裏切りません。そしていつか湯井沢さんのご主人様になれるように精一杯……いたたたた……冗談です」


正座している膝を湯井沢に踏まれているが心なしか顔が嬉しそうだ。ご主人様になりたいと言いつつ、既に自分が湯井沢の下僕に成り下がっていることに気が付いてないのだろうか。


「これからは継母からの依頼やその他に気付いた細かなことを逐一報告お願いします」


「勿論です!!」


「じゃあ座って食事を再開して。食べ物を粗末にするのは許さないからね」


「はい!」


そう返事をすると美馬は残り時間を確認しながら急いで食事を始めた。

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