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79話 美馬の告白

「あっ悠美……」


「え?一成くん?」


一成くん??


「あの、笹野さん?この方は……」


「私の婚約者よ。警備会社をやってるんだけどまさか手配したって言うボディガードが社長本人とはね?」


「……えっと悠美、これには深いわけが……」


しどろもどろなボディガード……じゃない一成さんが動揺して体を少し傾けた瞬間、多田が渾身の力で彼を振り払った。


「きゃあっ!!」


「危ない!」


……だが、そこはプロ。殴りかかってきた腕をかわし、思い切り多田の頭を床に押し付ける。


「じっとして下さいと言いましたよね。怪我をさせたくないので言うことを聞いて下さい」


「ぐっ……」


さっき笹野さんと会話していた時とは打って変わった低音ボイスに周りの女子たちからため息が聞こえた。

甘めの優しそうな童顔イケメンが一気に男になる瞬間に俺もちょっとキュンとなる。

その気はないけど男が男に惚れる瞬間って多分こんな状況なのかもしれない。


「くそっ!離せ!笹野さんと話をさせろ!笹野さん!俺と結婚すれば幸せにしてあげますから!いっいだだだっ!」


そんな空気をぶち壊すかのように暴れだす多田に一成さんの渾身の手刀が炸裂する。


「!!!」


ガクッとこうべを垂れた多田をタイミングよくパトカーが迎えに来た。一成さんは大柄な多田をひょいっと担いでみんなに向かって一礼し、外に出ていった。


「すごい!笹野先輩!素敵な方ですね!ドキドキしちゃった!」


「私も!警備されてる方なんですね?筋肉すごかったですね!」


興奮冷めやらぬ女子たちのお喋りに笹野さんが苦笑している。そんな中、一部始終を見ていた美馬がふっと口の端で笑う。


感じ悪いな。


「……なんだよ美馬、言いたいことあんのかよ」


「だってこの世で一番かっこよくてその上可愛いのは湯井沢さんですから!」

ドヤ顔で何言ってんだ。そんなの当たり前だろ。

女子たちも微笑ましそうな顔するんじゃない。はっ、さてはお前らがみまゆい派なんだな?!顔は覚えたぞ。


「だから俺は……」


「ん?なんだよ」


「だから俺は湯井沢さんが大好きなんだー!!愛してます!湯井沢さん!!」


「…………」


しんと静まる店内。


高笑いをしたのちに崩れ落ちる酔っ払いの美馬。

主役の笹野さんは立ち尽くす湯井沢の肩をバシバシ叩いて大笑いをしていた。


そんな地獄絵図の中で送別会は幕を閉じる運びとなったのだ。




……二次会がどうのという話も出ていたが、明日も仕事なので俺と湯井沢はタクシーを拾ってマンションまで帰って来た。

精神的にも疲れすぎたので交代でサッとシャワーを浴び、部屋着に着替えてソファに転がる。


「美馬あいつ明日どうしてやろうか」


「本人は忘れてるよ。あんだけ飲んでたんだから。アイス食べる?」


「食べる。でもこれであいつの本性が分かっただろ?あいつに近づくんじゃないぞ」


「お前に指図される理由がない。チョコ?イチゴ?」


「イチゴ。理由ならある。湯井沢は俺の彼氏だからだ!あ、チョコも半分欲しい。イチゴも半分やるから」


「いいよ」


二人並んで夜景を見ながらアイスを食べる。なんて幸せなんだ。あ、チョコの方が美味しいかもしれない。……じゃなくて!


「とにかく絶対美馬と二人にはならないこと!約束してくれ」


「だからなんでそんなこと指図されなきゃならないんだ。付き合ってたって僕は僕だ。誰の言うことも聞かない」


……参ったな。へそを曲げてしまった。そうだよな湯井沢だって一人の人間だ。俺の言いなりにさせるなんて間違ってる。


「悪かった……。言い方を変える。お願いだ。俺がヤキモチを妬くからあいつと二人になるのは止めてくれ」


「……善処する」


「ありがとう!ほらもっと食べろよ」


「うん」


湯井沢の口にチョコアイスを運ぶとぱくりと食いつく。鳥みたいで可愛い。


「今夜は湯井沢のベットで寝てもいいか?」


「……毎晩寝てるじゃん」


「今夜も」


「いいけど……」


照れ隠しに口に入ったスプーンをガジガジと噛み出したので慌てて引き抜き、代わりにキスをしようと頬を掴んだ。

湯井沢は俺の意図を正確に汲み取り、少し首を傾けて目を閉じる。


ああ、俺はなんて幸せ者なんだろう。絶対にこいつを離さない。

そう誓って、アイスの味のする柔らかい唇にさらに甘いキスを落とした。




翌朝どんな顔で出社するだろうと美馬に会うのを楽しみにしていたのに、朝から営業部に駆り出され一日戻って来ないと連絡が入った。


「……からかってやろうと思ってたのにつまんねー」


「意地悪いこと言ってんじゃない。そういえば東堂課長が昼飯食おうって。久々にさわらぎ亭に行きたいらしいよ」


「おう。久しぶりだな」


「本当だね。さわらぎ亭か。今日の日替わりは何かな。前に健斗に奢ってもらったサモサ美味しかったなあ」


「そうだな」


あの時はまだ俺は自分の気持ちに気付いてなかった。そう思うと湯井沢には随分とつらい思いをさせたと思う。


……そうだ。早くクリスマスの予定立てなきゃ。


湯井沢が喜ぶ湯井沢のためだけの二人の初めてのクリスマス。

そんなことを思いながら昼休憩を迎え、さわらぎ亭に向かうべく、エレベーターに向かったところで携帯に通知が来た。


「東堂課長?」


短文で「場所変更、33階B会議室」とだけ書かれている。


「どう言う意味だ?」


「来いってことだろ?会議室で何すんだろうな?」


それでも東堂課長のことだから理由があるんだろう。俺たちは首を捻りながらもエレベーターで上の階に向かった。


「ごめんねー急に場所変更して」


B会議室のドアを開けると課長と何故か美馬がいた。会議机を対面にして食堂のようにしてあり、そこにはご丁寧に定食のトレーが三つと蕎麦の丼が置かれている。 


「さあ食べようか」


「待って待って。どう言うことが説明してくれる?」


湯井沢がご飯を前に誤魔化されないだと?!まあ俺だってこの状況ですんなりいただきますとは言い難いが。


「まあ食べながらにしようよ、ひろくん。蕎麦伸びちゃうよ」


「自分都合ですね」


「そんなことないよー。唐揚げも伸びちゃうよー」


唐揚げが伸びる?まあいいか。腹も減ったし。


「じゃあいただきます」


俺たちは手を合わせて食事を始めた。


「それで?どうして美馬が?」



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