目次
ブックマーク
応援する
11
コメント
シェア
通報

78話 送別会

「でも湯井沢のことだって本当に好きだったんですよね。気を引きたくて一生懸命な笹野さんはとても可愛かったです」


「えー傷をほじくり返す気?」


「いえ、でもそれだけ今の笹野さんは魅力的だなあって思ってます。きっと地元に戻っても人の目なんかに負けないだろうなって思います」


「ふふっ、そうなの。この前帰った時もね、どうしてこんなに周りの人が怖かったんだろうって思ったわ。私はもうあの頃の小娘じゃない。好きなことやるわよ。つまらない誹謗中傷なんてもう気にしない」


「いいと思います。婚約者の方もきっと笹野さんを守ってくれる人なんでしょうね」


俺の言葉に笹野さんはちょっと恥ずかしそうに頷いた。


「あの人ね、事業起こしてて地元でも有名人なの。それに若いから色々頼られててあの限界集落は彼がいないと成り立たない。そんな彼は私に夢中なのよ。どう?強いでしょ?」


「確かに!」


俺は声を出して笑った。


「愛されてるんですね」


「そのようね?多田の件もどんなつてなのか手を回してるみたいだし。今だってほら」


笹野さんがチラリと目線をやった先を見ると黒いコートを着た男が物陰に隠れた。


「多田のこともあるし離れてるとどうしても心配なんでボディガードをつけさせて欲しいって」


「ええ??それは凄い!」


「それに彼に娘や孫を嫁がせようと躍起になってる奴らにも一泡吹かせられるかと思うと楽しみだわー」


笹野さんらしいその顔に、俺は彼女の今後の幸せを確信し、つられて幸せな気持ちになった。


「結婚式には絶対二人で来てね」


「はい必ず」


そう約束して俺たちは子供みたいに指切りした。




送別会の会場はこじんまりとした老舗の居酒屋だった。お酒もだがご飯が美味しいと評判の店だ。


「笹野さんー!寂しいです!」


沢山の人に取り囲まれている笹野さんを遠くに見ながら俺は湯井沢の隣に腰を下ろした。


「……笹野さんと仲良さそうに話してたな」


ぶすっとした湯井沢が可愛くて思わず抱きしめたくなるがここは我慢だ。


「結婚式には来てってさ」


「まあ旅行がてら行ってもいいけど」


「……そんな不機嫌な顔してたら……」


「何だよ、失礼だからやめろってか?お前のせいだぞ」


「いや、可愛くてキスしたくなるから止めた方がいいよ」


「おまっ……!」


真っ赤な顔をした湯井沢が俺を睨む。

今夜は酔わせてお持ち帰りだな。まあおんなじ家だけど。

ウキウキとそんなことを考えていると、俺と反対側の湯井沢の横に美馬が座った。


「おい、もう仕事じゃないんだから付きまとうなよ」


「俺ここで知り合いいないんだからいいだろ。ね?湯井沢さん?」


「好きにすれば」


湯井沢め。さっきのこと根に持ってるな?


「さあ飲んで。酔っても大丈夫だからね。俺が責任持って連れて帰るから」


「……どこにだよ」


「沢渡さんには関係ないので」


ほんとムカつく。


「あーもう喧嘩すんなよお前ら。美馬も飲めよ強いんだろ?」


「はい、いただきます!」


湯井沢に勧められてどんどんグラスを空けていく美馬。そしてそれを横目に酒はそっちのけでずっとご飯を食べてる湯井沢。

なんとなく妙な雰囲気だからか、周りには沢山の女子たちもいるのになんか遠巻きにされている気がする。


……そこへ救いの女神がやって来た。


「笹野さん!」


「今日は来てくれてありがとう!飲んでる?」


「まあ、この通り」


俺は苦笑して湯井沢と美馬を見遣った。


「他の部署の女の子たちもこの席に来たがってるんだけど……」


「是非!」


この変な空気を壊してくれるなら誰でもいいので来て欲しい。


「それがね、みんなで牽制し合ってて。三人ともイケメン揃いだから恥ずかしいみたい」


「……ほんとに?」


三人って誰だ?ここにイケメンは美馬と湯井沢しかいないんだけど。


「本当よ。それにさどゆい派とみまゆい派が一触即発で」


「……みまゆい派とやらを連れて来てください。俺が朝まで説教してやります」


「やだー若い子怖がらせないで」


笹野さんは楽しそうに笑って美馬の方に向き直った。


「初めまして美馬くん。今日はよく知らない私のために参加してくれてありがとう」


「いえ、ご結婚されるとか。おめでとうございます」


美馬はよそ行きの笑顔で爽やかな好青年を演じている。……笹野さんにさっきの憎まれ口を聞かせてやりたい。


「そうだ笹野さんこれ三人からお祝いです。開けてみてください」


湯井沢が笹野さんにプレゼントを手渡すと、早速彼女は開けていい?と聞いてウキウキと袋を開いた。


「うわあ!これ欲しかったの!こんな高いもの申し訳ないけど本当に嬉しい。ありがとう!」


少女のようにはしゃぐ笹野さんはとても楽しそうで、もう社内でこの笑顔を見ることもなくなるのかと、俺は少しだけ寂しくなった。


その時「……なんか騒がしいな」と湯井沢が店の入り口の方を見て呟く。


「早速酔っ払った奴がいるんじゃないのか?行ったほうが良さげ?」


俺の問いに答える前に湯井沢が席を立って走って行った。


「湯井沢?」


その直後に何かが割れる音、そして男の怒鳴り声が響く。


「笹野さん!どこですか?!」


あの声は……多田?!


「笹野さんここにいて下さい。美馬、頼んだぞ」


「お、おお」


「健斗くん警察呼んどく。気をつけて!」


「はい!」


入り口付近の人だかりをかき分けて進むと湯井沢がいた。


「何があったんだ?」


湯井沢が黙って地面を指差す。


「……多田?」


そこには、男にうつ伏せにされ腕を後ろ手に拘束されている多田がいた。

みっともなく這いつくばり、真っ赤な顔で離せと怒鳴り散らしているが、その男は多田の背中を膝で押さえたまま電話で何やら話していた。


あ、この人、さっきの笹野さんのボディガード?恐る恐る様子を見に来た笹野さんにそのことを伝えるとホッとしてその輪の中に足を踏み入れた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?