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77話 送別会

その時、何かがふと手に当たった。見ると美馬には見えない位置で湯井沢の指が俺の手に絡められている。


湯井沢~~!!可愛いな!?


たったそれだけで天にも昇る気持ちになった俺は、信号待ちでそっとその指を握り返す。けれど美馬に気付かれそうになったからか、冷たく振り払われてしまった。


程なくして辿り着いたショップは入り口にガードマンが立ってるような高級店だった。

臆する俺になど目もくれず、湯井沢と美馬はコンビニにでも入るみたいにしゃべりながら入店していく。

もしかして美馬は本当に金持ちのお坊ちゃんなのかもしれない……。


「あ!これこれ」


湯井沢が手に取ったのは小ぶりの落ち着いたバッグで、ワインレッドが笹野さんにとても似合うカッコいいけど可愛いものだった。


「健斗これでいいかな?」


「いいと思うよ。俺も割り勘入れてくれ」


「そうだね。三人だと三万円ずつですむからね」


……さ?

……三万円?と言うことはお値段九万円?


そんなちっさい何も入らんようなカバンが??

ブランドってすごいな!


案の定美馬の顔も引き攣ってはいるが、金持ちと豪語しただけあって素直にブランド物の財布を開き、紙幣を湯井沢に手渡している。


……湯井沢……。さては美馬を連れてきた本当の目的はこれだな?


指をさしてざまあみろと笑いたかったが、それは諸刃の刃で、俺の財布にもかなりのダメージを与えることとなったのだ……。




翌日の送別会は近場の居酒屋を貸し切りにしたらしく、参加者全員が一旦エントランスに集まってその店に歩いて向かうとのことだった。

他部署からの参加も多く笹野さんの人柄を思わせるメンバーに俺は安心する。


……だってあざと女子の異名を欲しいままにしていた笹野さんだからな。


女子からは敬遠されているのではと大きなお世話をしていたが、いい意味で裏切られた。


「湯井沢さん、ところで今日の案件のリストなんですけど……」


連れ立って歩き始めてまもなく。美馬は仕事の話にかこつけて湯井沢の隣を歩いていた。この歩道は狭いので並んで歩くのは二人が限界と知っての仕業に違いない。

仕事の話だからか湯井沢も丁寧に説明をしていたので仕方なく俺は一人、彼らの後ろを歩いていた。


「健斗くん!」


聞き慣れた声に振り向くと笹野さんが手を振っている。

久しぶりに会う笹野さんはやっぱり綺麗でカッコよくて可愛くて、あのプレゼントにぴったりの人だった。


「ごめんね急に送別会なんて」


「いえ、俺たちはいつも暇なんでいいんですけど何かあったんですか?」


月末退職と聞いていたはずだがまだ月は始まったばかりだ。


「母の具合が悪くなったから少し早めに田舎に帰ることにしたの」


「え?じゃあ……」


「今日で最後。後は有給消化してそのまま退職よ」


「……でもまた会えますよね」


「そうね湯井沢くんと東堂課長と、また四人で会いたいわね」


「はい」


「ところで湯井沢くんにまとわりついてるあの子は誰?」


笹野さんは前を歩いている二人を見ながら面白くなさそうに言った。


「ああ、営業事務部から異動した多田の後釜です」


「あーなるほど。イケメンだし健斗君も穏やかじゃないわね?」


「……正直に言うとそうですよね」


俺のそんな本音に笹野さんは声をあげて笑った。


「また進展も聞かせてよ。つまんないとこだけど二人ならいつでも歓迎よ」


「ありがとうございます。俺ずっとここら辺で生まれ育ったから田舎は憧れなんですよ」


「ほんとに?」


「はい、電車は混雑しなさそうだし人混みもない。周りは目にいい緑が多そうでそんなとこに住みたいです」


「あはは!なにそれ随分疲れてるじゃない」


そうか……疲れてるのか。まあ最近色々あったからなあ。


「そうね、確かにのどかで自然が多くていいとこよ。何もないけど有りすぎる物もあったりね」


「有りすぎる物?」


「人の目よ。そこしか知らずに生きてきた人は枠からはみ出すことを嫌うの。私はおしゃれが好きだったから派手なメイクしてる私を見て、近所の人が親に嫌味を言うわけよ」


「派手すぎるとかですか?」


「うーん。もっと汚い言葉かな?男を誘うつもりかとか、うちの息子に色目使うなとか。色目使ってんのあんたとこのバカ息子だっていうのに。……以前そんなバカに襲われそうになった時に助けてくれたのが幼馴染なの」


そんな縁があったのか……。


「そんな環境に我慢できなくなって飛び出すみたいにこっちに来たのよ。人に干渉されないって本当に幸せだったわ」


「……その……大きなお世話なんですが親御さんにこちらに来て貰うことは難しいんですか?」


「そうね、それもいいかなって思ったんだけど……私が両親をこっちに連れてきて幸せにしてあげる自信がなかったの」


笹野さんは少し寂しそうに笑った。


「結局飛び出した田舎に負け犬みたいに帰るのかと思ってたんだけどね、この前幼馴染が私に会いにこっちに来たのね」


笹野さんの表情からその人が彼女にとって大事な人であることが窺い知れた。


「その人に愚痴ったのよ。うまくいかない、どこにも自分の居場所がないって。そしたら居場所は見つけるんじゃなくて作るものだって。その手伝いをさせて下さいって」


「いい人ですね」


「ふふっ、そうなの。それで戻ることに決めたのよ」


自分の居場所か……。


「年下だしこんなこと言うの生意気ですけど笹野さんはすごく素敵になりました。最初は色々ガツガツしてるように見えてちょっと怖かったですけど……」


「言うわねー」


あの頃はこんな風に二人で笑い合うなんて思っても見なかった。



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