「何するんだよ。見えないだろ」
「なにが?」
「湯井沢の裸に決まってるだろ」
まだ想像の域を出ない湯井沢の全裸。一体いつになったら見られるのかとウズウズしていたのに。
「……お前ってそんな奴だっけ?真面目とは言わないけどエロ方面とかまるで興味なかったじゃないか。それがここに来て小学生男子みたいな好奇心の出し方すんなよ」
顎までお湯に浸かったまま湯井沢は俺に心底失礼なことを言う。
「バカだなあ。湯井沢だから興味あるんだろ」
「っ!!」
真っ白いお湯に真っ赤な顔。
とんでもなく可愛い。可愛いの具現化か?
いや、それはともかく真面目に話をしないと。
「まず、どうして俺の実家に怪文書なんか入れたのかってことだけど」
「健斗を困らせることが目的ならSNSに上げるとか街中のポストに投函するとか色々あるもんね」
「ああ。だが大げさなことをして自分たちの名前が出ることは避けないといけない。それにまだ俺たちの関係に確信を持っていないんだと思う」
「そうだね。本当に単なる揺さぶりと嫌がらせだと思うよ」
「俺と実家の関係を壊して味方を減らし精神的に追い詰めようとしたのかもな」
まあそのやり方は逆効果だったけど。可愛い湯井沢に悲しい顔をさせた償いはして貰わないと割にあわない。
「恐らくこの件に関してはこれ以上のことはないと思う。でもいつまでも好き放題されて黙っているのもムカつくんだよな」
「健斗……」
「なに?」
「全身真っ赤になってるけど結構飲んだ?」
「え?ホントだ。やばい」
俺はざばっと上がってゴシゴシと体や頭を洗い始める。
「健斗っていつも堂々としてるよな。その……恥ずかしくないわけ?俺に見られるのとか……」
「え?」
そう言えば確かに。
「まあこれから沢山見ることになるだろうし。よろしくな」
「何がだよ。バカじゃねーの」
笑ってる湯井沢はさっきまでの硬い表情を一変させてようやく湯の中でくつろぎ始めた。
笑顔が見られて良かった。
あんなことやこんなことを進めていきたい気持ちはあれど、どうせならなんの心配もなく初めての夜を迎えたい。
そうだクリスマスは思い切りロマンチックな一日を計画しよう!そして夜は更にロマンチックに……。
「……健斗、顔怖い」
「怖い……?」
ものすごく浮かれた想像してたんだけどな。怖いか。そうか。
「酔いが回ってきたんじゃないの」
「ああ、日本酒ってすごいな。米が原料だからかするする飲めるし全部吸収する感じがした」
「吸収したらダメだろ……。酔って風呂はいると危険って聞いたことあるけど」
「マジ?どうしよう」
何が理由でダメなのかも分からないし対処のしようもない。俺は慌てて湯を浴びて泡を流す。
「先に上がって体冷やしとけよ。なんか血行が良くなったら余計に酔いが回るとか聞いた気がするから」
「分かった」
危ない危ない。倒れたりしたら湯井沢に迷惑をかける。流石にあの細腕で俺は運べないだろう。……いや、あいつなら可能かも?
「じゃあベッドで待ってるな?」
「だから言い方!」
最近のあいつ怒りっぽいな。そんなことを思いながら風呂から上がった俺は、髪を拭いている間に抗えない睡魔に襲われてそのまま記憶を無くした。
「せめて裸だけでも見たかった!」
悔し紛れに朝食のトーストを食い千切る俺を見て湯井沢は呆れた顔をした。
「そんな顔も可愛い」
「もういいって」
あれから眠りについてしまった俺の髪を乾かしてくれた天使は朝からいつもどおりの旺盛な食欲を見せている。
「ところで健斗の家に届いた怪文書の話覚えてるか?」
「ああもちろんだ。俺をそこらの酔っ払いと一緒にされたら困る」
「……うん、それで今後の事なんだけど、昔うちで働いてた人が今探偵業をしてるから、その人に実家を探ってもらおうと思うんだ。以前に盗み出した資料だけじゃやっぱりまだ弱いから」
「もちろん任せるけど一つだけ約束してくれ。誰かに会いに行ったり何かをしようとする時は必ず同席させて欲しい」
「分かった」
さあこれから反撃だ。
見てろよ湯井沢を粗末に扱ったクズどもめ!。
会社に行ったら行ったで美馬という目の上のたんこぶ、いや目の中のものもらいが今日も元気に湯井沢にまとわりついている。
この不屈の精神を他で活かせないかなあ。そんなことを思うくらいには慣れてきたと思うんだが、ベタベタと湯井沢に触るのだけはいただけない。
「美馬、セクハラで人事に訴えられたくなかったら今後一切湯井沢への接触禁止な」
「セクハラじゃない。単に後輩が先輩に親愛の情を示してるだけだ」
ああ言えばこう言う。
こいつは本当に救い難い。
「そう言えば明日は笹野さんの送別会だな。健斗プレゼント買いに行こう」
天使が俺に向かって微笑みかけた。
「そうだなじゃあ……『俺も行く!』」
だから何でだよ!!
「美馬はいいよ、顔もろくに知らない人なんだから。俺が考えてる物は結構高いし……」
「でも、同じ社内の仲間だから。湯井沢さんが考えたプレゼントなら半額……いや!全額負担させてください!」
……なんだこいつ。
「うーん……でもなあ……」
「大丈夫だから!俺こう見えて経済力のある男だから!」
「何自慢だよ」
「沢渡さんは黙っててください」
「はあ?」
結局、湯井沢が折れて終業後に三人でその店に買い物に行くことが決まった。
「湯井沢さん、趣味はなんですか?」
「えっ?昼寝?」
「奇遇ですね!俺も昼寝大好きでこの間も……」
その店を目指して歩いている時も、美馬は湯井沢の横にぴったり張り付いてずーーーっとしゃべっていた。湯井沢への好意を隠すことがなくなった美馬はある意味最強だ。
……つまんねーな。本当なら湯井沢と二人でデートをかねての買い物だったのに。
湯井沢を挟んでいるとはいえ美馬のおしゃべりはつまらなくてあくびが止まらない。
「……ん?」