確かに性別じゃない。
俺は男だから湯井沢を好きになったわけじゃなかった。きっかけは友情。でもそれがいつの間にかかけがえのない人になって、誰にも取られたくないと感じ、そしてこれからずっと一緒にいたいと思った。
どっちかが女の子ならもっと早く気付けたと思う。周りから冷かされてなんとなく意識したりして……でも俺たちは自分の気持ちだけでここまで来たんだ。
「まあただ、子供が出来ないのが親としては心配だ」
「……孫なんて海も空も見せてくれると思うよ」
「孫じゃないよ。お前たちが歳をとった時、力になってくれる子供がいないのが心配なだけだ。俺にとってのお前みたいにな」
ああ、そんな風に思ってもらえてるのか。そして鼻の奥がきゅーっと熱くなるのを感じた。
最近涙腺が弱くなったなあ……。
「だから海と空と三人で仲良くしなさい。あの子たちは将来きっとお前の力になってくれる。もちろん逆もあるだろう。海と空が喧嘩でもした時は必ずお前が仲直りをさせてくれ」
「わかった」
父親の目に光るものが見えた。
俺は目を逸らして盃をまた煽る。
そうやって俺たちはしばらく無言で酒を飲み続けていた。
そうしていい具合に酔いが回った所に、海と空が剥いたカニを山ほど持ってきてくれた。
「おーうまそうだな」
「そうじゃなくて本当に美味しいよ」
「あ……ほんとだ」
食べごたえのある肉厚の身はジューシーでこくがあり、とても甘い。
「これ全部ゆいくんが剥いてくれたのよ」
「え?全部?」
「そう。お兄ちゃんはこんな細かいことには向いてないからって」
「自分が食べるのは後回しにしてずっと剥いててくれたのよ」
……親父、頼むからニヤニヤすんのはやめてくれ。
「まあ空がちょっとつまみ食いしてたけどね」
「海!」
二人はきゃっきゃと追いかけ合いながらリビングに戻っていく。
「……親父」
「なんだ?」
「怪文書の件、迷惑と心配かけてごめん。差出人に心当たりあるんだ。だからこのままみんなには黙ってて。解決したらちゃんと二人で挨拶に来る」
「分かった。待ってる。ただ危ないことになりそうならいつでも相談してくれ。お父さんはこう見えて顔も交友関係も広いぞ」
「こんなにおいしいカニを捕まえられる漁師とも知り合いだしね」
「あはは確かにそうだ」
その後も湯井沢の剥いてくれた甘いカニで酒を酌み交わす。
自分だけではなく、自分が大切にしている人まで大事に思ってくれる場所があるというのはなんて幸せなんだろう。
……まったくいつまで経っても頼ることばかりで一向に恩返しができないな……。
そう言ったら親父は「それが親だよ」と笑うんだろうけど。
「あー!美味しかった!あんなに美味しいカニをお腹いっぱい食べたのは初めて!」
マンションに着くなり、湯井沢はソファにゴロンと寝転ぶ。酒は入ってないようだが体が温まったのかほんのり色付いた頬がなんとなく色っぽい……いやいや、そんな場合じゃないんだ。
俺はソファの前に正座して湯井沢に向き合った。
「湯井沢、話がある」
「どうした?」
ただならぬ雰囲気を感じたのか、ソファから身を起こして俺に向き合う湯井沢。その目は僅かな不安に揺れている。
「今日親父に聞いたんだけど……」
そうやって俺は怪文書の件を湯井沢に伝えた。
「……そんなことがあったのか。おじさんにも迷惑かけちゃったな……」
湯井沢はかなり落ち込んでいるように見えた。彼にとっても沢渡家は守るべき場所になっているんだなと嬉しく思う。
「十中八九、湯井沢んとこの継母だと思うんだけど」
「ごめん……俺しばらく健斗の実家に行くの控えるよ。それと犯人は絶対捕まえるから任せてくれ」
「え?」
それだけ言うと湯井沢は風呂に入ってくると立ち上がる。
「おい待て。違うだろ」
「なにが?」
振り向きもしない湯井沢をえいっと後ろから強く抱きしめた。
「なんだよ急に。びっくりするだろ」
「俺はもうお前が知ってる小さくて可愛い俺じゃないんだけど」
むしろ腕の中の湯井沢の方がずっと守ってやりたくなる儚さだ。
……外見だけ……だけどな?
「……分かってるよ、実家まで助けにきてくれた時とか……」
「うん……?」
「ちょっとときめいた」
「……!」
これはいい雰囲気なのでは!?いや、そんな場合じゃなかった。
「でもうちの事情だし健斗を危ない目に合わせたくない。お前鈍臭いから罠とかすぐはまりそうだしすぐ死にそうだし」
「俺をマンボウか何かだと思ってんのか?意外と頑丈で強いんだぞ。あ、マンボウって食堂の方じゃないぞ。生き物の方な?」
「……分かってるよ。なんだよ意外と丈夫で強い食堂って」
「まあ、とにかくうちの実家も知られてるってことなんだからもうお前一人の話じゃないんだよ。俺も一緒に対策立てたいし、二人で立ち向かいたい。いいな?」
わざと湯井沢が断れないような言い方をしちゃったけど仕方がない。
彼は顔を曇らせつつも頷いた。
「まず状況を確認しよう」
「先に風呂に入ってきていい?全身からカニの匂いがして……」
「いいだろ別に。湯井沢カニ好きだろ」
「だから余計に困るんだ。お腹空くだろ」
いま腹いっぱい食べたのに????まあいい。
「じゃあ一緒に入ろう。風呂に入りながら状況確認だ」
断られるだろうなと思いつつ冗談半分な俺の言葉に湯井沢は黙って頷いた。もちろん俺に異論のあるはずがなく、早速二人で服を脱いで掛け湯もそこそこにたっぷり張られた湯船に身を沈める。
「今日のお湯は箱根の湯の花沢温泉!」
恥ずかしそうに早口でそう言いながら湯井沢が白い固形物をばしゃりと湯の中に放り込んだ。どこに隠し持っていたのか、あっという間に湯は真っ白になっていく。
こいつ!なんて策士なんだ!