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70話 絆の作り方

「あいつに何か言われたのか?」


「……違う」


「……ちょっと待ってろ」


俺は会社の前にある緑地公園に湯井沢を連れて行き、そこのベンチに座らせた。

そして近くのキッチンカーで二人分のサンドイッチを買い、一つを湯井沢に差し出す。


「なあ、湯井沢。俺こんなもやもやしたの嫌なんだよ」


湯井沢はサンドイッチの袋を開けもせずただ黙って弄んでいる。


「叶さんのことで沢山助けてくれたよな」


「……」


「その時、ちゃんと話して頼ろうって言ったよな?」


「……うん」


「美馬のこと、なんかあるんじゃないか?それもだけど泣いてたのは美馬のせいじゃないんだな?」


「泣いてたのと美馬は関係ない」


「じゃあどうして」


湯井沢は一つ深呼吸をすると、俺を見上げた。


「お前のせいだよ、健斗」


「え?」


「健斗がさっき、笹野さんと抱き合ってたの見たんだよ。なんだよ、笹野さんを好きになったんなら早く言えよ……」


湯井沢は膝の上のサンドイッチを潰しかねない勢いで握り、また涙を流した。


「あー」


あれを見られていたとは。

そしてそんなとんでもない勘違いをするとは思わなかった。


「笹野さんを退職するんだって。だから最後にハグしたんだよ」


「え?」


「分かってるだろ?俺は湯井沢しか好きじゃない」


「ふざけんな!紛らわしい」


「あはは、ごめんな」


それにしても気丈で賢い湯井沢が、あんな場面を見ただけでこんなにぐずぐずになるなんて。

考えると背中にゾクゾクとした妙な感情が湧き上がる。


「やばい、おれ変な扉開けそう」


「は?」


「今夜も一緒に寝ていい?」


「や、なんかやだ……。まだしばらく立ち入り禁止だから!」


そう言うと真っ赤になって、手に持っていたサンドイッチにがぶりと喰らいついた。


「じゃあ帰ったら美馬のこと聞かせろよ」


「……うん」


コクコクと頷きながら大きなパンを咀嚼する湯井沢は誰よりも可愛いし、大切な存在だ。


我慢できなくなった俺はマヨネーズソースが付いた湯井沢の唇を掠めるように舐めて、ものすごく怒られた。






部署に戻ると、何となく不機嫌な美馬が仕事をしている。


「昼飯は?」


「……コンビニで買って来て食べた」


「あそう。一人平気じゃん」


俺が揶揄うように言うと、真っ赤な顔をして睨みつけてきた。


あーいいよいいよ?紳士的に取り繕った顔よりそっちの方が分かりやすくて好きだわ。



「湯井沢、ここの部分なんだけど」


「今から俺が教えるから、俺に聞いて」


振り返って湯井沢を呼ぶ美馬に向かって俺はそう言った。


「え?何で?」


「湯井沢は忙しいからお前にばっかり構ってられないの」


「くっ……なんだよ、最初はぼんやりの使えない奴みたいに見せといて。あれは芝居かよ」


「は?失礼だな。素だよ。それよりお前こそ、それが本性なんだな。騙されるとこだったよ」


「……」


俺たちのやり取りは多分耳に入っているんだろうけど、湯井沢は何も言わずに黙々と自分の仕事をこなしている。

俺を信じて俺に全部委ねて。


湯井沢は一人じゃないんだよ。

俺や東堂課長、笹野さん、そして叶さんにとっても大事な人なんだから。

お前なんかに構ってる暇はない。



「さあ仕事を始めようか」


俺がそう言うと、美馬は分かりやすく顔を引き攣らせた。









仕事が終わった俺たちは、ようやく念願の携帯ショップに来ている。


「携帯ください。最新機種で!」


「はい、承知しました。こちらにどうぞ」


「マグロくださいワサビ抜きで!」ぐらいのノリで店員さんと話す湯井沢は、やはりとてつもなく可愛い。


「何色がいいかな」


「どうせケースつけるだろ」


「そうなんだけど。健斗はなんでゴールドにしたんだ?」


「金運上がりそうだったから」


なんだよ。人に聞いといて爆笑は失礼だろ。


「じゃあ僕もゴールドで」


「かしこまりました」



どうでもいいけど携帯って高いよな。

二、三年でだめになるのに十万超えるって狂気の沙汰だろ。


「ありがとう!」


「いや、いいんだよ」


それでもこれは俺にとってプライスレスだ。


携帯ショップの袋をぶら下げて、二人で家に帰る。そして昨日下ごしらえした食材を使って晩御飯を二人で作った。


「食後にはアイスもあるぞ」


「うわ!これ高い奴!健斗セレブじゃん!」


本物のセレブに言われるとむず痒いな。


「湯井沢のチョコ一口くれよ」


「お前の苺と引き換えだ」


「何だその悪役の口調」


さっきまで泣いてたとは思えない様子に、俺はようやくホッとする。

そして二人で笑いながら後片付けを終わらせた。



「健斗、一緒に風呂入ろう。背中流してやるよ」


「ふえっ?!」


突然の湯井沢の提案に変な声が出た。

まさか湯井沢がそんな大胆なことを言うなんて……


「別に初めてじゃないだろ。旅行の時とか普通に一緒に入ってたじゃないか」


「それはそうだけどいいのか?」


「なにが?」


お前のことをいやらしい目で見ちゃうけど……そう言いかけてぐっと言葉を飲み込んだ。

せっかくのチャンスを不意にするわけにはいかないのだ。


「先に入ってるからな」


俺は急いで着替えを準備して風呂に向かった。





しばらくすると湯井沢が風呂場にやってきた。

湯船に浸かっていた俺は、そっと目を逸らして壁の方を向く。


正直すごく見たい。

すごく見たいけど見たら冷静でいられる自信がない。


「健斗早く上がれよ。背中流せないだろ」


「ああ、うん」


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