目次
ブックマーク
応援する
12
コメント
シェア
通報

67話 すれ違い

「大丈夫だったか?健斗!」


「ああ、湯井沢も無事で良かったよ」


部署までたどり着いたはいいが俺のコートはシワシワになり、なんならコートに付いてたベルトも引っ張られてどこかで無くしてしまったような状態だった。


「本当酷いよな。僕たちが何かした訳じゃないのに」


「本当ですよね」


席について相槌を打つ美馬をみて、さっきの二人の様子を思い出す。


童話の王子様ってあんな感じなんだろうな。


美馬は俺より背も高くスタイルも良く、俳優のようにかっこいい。

さっきの出来事も映画を見てるみたいだったもんな。


「……健斗?どうした?どっか怪我でもした?」


「いや、なんでもないよ」


湯井沢が心配そうに俺の手を取って異常がないか確認している。


ああ可愛い。

できるなら抱きしめたい。


「すみません、湯井沢さんここどうしたらいいですか?」


……美馬め。


「はーい、どこ?」


湯井沢の手が俺から離れていった。

名残惜しい気持ちで彼を見送っていた俺に向かって、美馬は不敵に微笑む。


え?なに?

あいつそんな奴なの?

ビジネス好青年?


俺は騙された気分で親切に仕事を教えている湯井沢たちを見ていた。




「見間違いじゃないんですよ」


いつもの社食で俺は東堂課長にぐちぐちと弱音を吐いていた。


「あいつ絶対湯井沢を狙ってる!」


「声が大きいよー健斗くん」


「あ、すいません」


これだから社食は嫌なんだよ。だって周り全部社員なんだもん。

ゆっくり話したくて湯井沢をまんぼうに誘ったのに、美馬がやらかした書類の修正があるから一緒に行けないってってなんなんだよ。


俺は目の前のステーキ丼をガシガシと胃に詰め込んだ。


「おっ?いい食べっぷりだね」


「俺なんか胃を壊して消えればいいんです」


「胃を壊しても君は消えないかなあ。何かあったの?お兄さんが聞くけど?」


「いえ、自分の矮小さに嫌気がさしてるだけなんで……」


仕事仲間にヤキモチとか、よく考えたらありえないよな。

あの時の笑顔も、美馬は微笑んでただけで俺が深読みして曲解した説もある。

何より湯井沢にこんなこと知られたら怒られて嫌われそう……


「なんか分かんないけど我慢しないでちゃんと話し合いなね」


「……ありがとうございます」


すごいな東堂課長は。何も言わなくても湯井沢がらみだって分かってるんだから。


「誰かを好きになるってしんどいですね」


「お?またそこで足踏みしてんの?」


「……悪かったですね」


こちとら初恋だ。

慣れてなくて当たり前だし毎日が試行錯誤なんだよ。


「まあどうせすぐ仲直りするだろうけど」


呆れたような苦笑と共に東堂課長は去っていく。


……まあ確かにな。なんたって一緒に暮らしてるわけだし。


「はあ。早く帰って湯井沢を独り占めしよっと」


俺はトレーを持って返却口に向かった。







昼休みが終わり部署に戻った俺は、早速湯井沢に今夜の予定のお伺いを立てる。


「あーそっか。携帯買いに行かなきゃな。でも意外と不自由ないんだよな」


「お前が不自由なくても連絡取りたい人は不自由なんじゃないかな」


現に東堂課長は何かあれば俺の携帯を経由して湯井沢と連絡を取っている。


「まあ現代人として持ってたほうがいいと思うぞ」


「分かった。じゃあ一緒に帰ろう」



美馬に聞かれないようにコソコソ話しているが、気になるのかさっきから当の美馬がちらちらとこちらの様子を伺っている。


俺はわざと湯井沢の肩を抱いて内緒話をするように耳元に口を寄せた。


「ひっ!くすぐったい!」


……そう言われすぐ突き飛ばされたけど。


「じゃあさっさと終わらせるか」


「おう」


湯井沢はしばらく教育係に徹することになったので、実際の書類作業は俺が一手に引き受けている。


「よし!やるぞ!」


気持ちを切り替えて俺はパソコンに向かった。








しかし、夕方になっても湯井沢の仕事は終わらなかった。美馬が思った以上のヘマをして雛型を壊してしまったのだ。

毎日使っているものなので無いと困る。


湯井沢はエクセルシートを整えて、項目の入力に励んでいた。


「ごめん、健斗。先に帰ってて」


「えっ」


俺のデートの予定が……。


「買い物して帰ってくれたら美味しいもの作るからさ」


こそっと耳元で囁かれ、単純な俺のテンションは爆上がりする。


「分かった」


言われたものをスーパーで買い揃え、出来る限りの下ごしらえをし、ご飯を炊いて湯井沢の帰りを今か今かと待っていた。



「……遅いな」


ああ!だから携帯が必要なんだって!!

やっぱり何を言われても待っていれば良かった。


心配にいても立ってもいられず、探しに行こうかと上着を羽織ったところで、ようやく玄関で鍵の開く音がした。


「ただいま」


「湯井沢!」


安心のあまり抱きしめた湯井沢の体からほんのりアルコールの匂い。


「飲みに行ってたのか?」


誰と?


「ああ、美馬が相談があるからどうしてもって。少しだけ行ってきた」


「……ふぅん」


「あんまり食べられなかったから腹減ったー」


「ああ、下ごしらえはしてあるけど」


「あー助かる。……あ、お前何も食べずに待ってたのか?」


「まあ」


「もうこんな時間なんだからその辺のインスタントでも食べとけば良かったのに」


「え?」


その言い方にカチンとくる。

一緒に夕食を食べようと言ったのはそっちじゃ無いか。

約束を破ったのも、連絡しなかったのも。

……まあ、携帯がないのは理解できるけど、それなら相談とやらは明日でも良かったんじゃないか?


「……健斗?」


「食欲ないからもう寝るよ。湯井沢はラーメンでも食べて寝ろ。食材は明日使おう」


俺はそれだけ言うと自分の部屋のドアをバタンと閉めた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?