「えーっと、まずは多田だけど。ご承知の通りクビになったのでもうここには来ない。昼前にロッカーの荷物を人事部が片付けに来るので場所を教えてあげて」
「はい」
その話を皮切りに、佐野さんは今回の経緯をかいつまんで俺たちに話してくれた。
……まあ話せないことも沢山あるようで本当に簡単ではあったけど。
それでも会議室は驚きの声や納得の声(あいつならやりかねない)で騒然としていた。
「分かってると思うけどこの件は他言無用でーす。明日にはニュースになると思うので記者たちも来るだろうけど社外の人間には何も話さないように。……それから多田の後釜が配属されます」
……多田の後釜?
あいつ仕事なんにもしてなかったのに補充とかされるんだ。ラッキー。
「営業部からの異動です。美馬くん挨拶して」
「はい!」
俺たちの向かいに座っていた男が勢いよく立ち上がって前に出た。
あ、さっき見覚えないなって思ってた人だ。
……立つと背丈でかいな?!
「美馬修二と申します!昨年転職しての中途入社なので新人ですが二十四歳です。営業部では顧客管理の事務仕事をしており、あまり顔を出してなかったので初めての方がほとんどかと思います。慣れないことも多くご迷惑をお掛けするかと思いますが、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします!」
そこかしこから拍手が起こり、俺も慌てて手を叩く。
とてもしっかりとした好青年で多田の後釜なんて言ったら失礼なくらいだ。
それに何とかいう俳優に似ていて凄くモテそう。
「佐渡、湯井沢、しばらくはお前らの下について事務手続きを学んでもらうことになる。同じ歳だし色々相談にも乗ってやってくれ。よろしくな」
「「はい」」
俺たちの返事に美馬はニコリと微笑み、頭を下げる。
なんという好感度の高さだ。
……だが、湯井沢はこういうタイプはあまり好きではないはず。
人見知りもあるし大丈夫だろうか……。
そっと横を見ると、にっこり笑ってぺこりと頭を下げている。
……大人になったんだな。でもその笑顔は他の人に見せてほしくなかったよ。
モヤモヤとそんな愚にもつかないことを考えているうちに会議は終わり、俺たちは部署に戻った。
午後から先輩方が営業部との同行で外出してしまい、部屋には俺と湯井沢、それに美馬が残されている。
そして早速書類の作成方法を湯井沢が熱心に教えていた。
あの湯井沢が!
「わかりやすいです先輩」
「先輩はやめて貰えませんか」
「でも教えてもらうんだから先輩です!」
「……湯井沢と呼んでください」
「分かりました、湯井沢さん。じゃあ俺に対しても敬語やめてください。同い年ですし」
「……はい……あ、分かった。じゃあ美馬も敬語なしで」
「ありがとうございます!……少しずつ慣れさせて」
「ああ」
……なんだこれ?
二人の世界か?
俺は苛々としながらキーボードを叩いた。
「これが雛型。全部で二十種類あるから契約によって変えるんだ。そこは綿密に営業と打ち合わせして確認してもらいながら進める」
「はい」
「じゃあこの資料見ながら順番に打ち込んでみて」
「分かりました」
美馬は真剣な顔でパソコンに向き合っている。その横顔は彫りが深くて、美術館の彫刻のようだ。
……何だこのイケメン。
「……どうした?健斗。手が止まってるみたいだけど」
「あ?ああ、いやちょっと考え事だ」
「……湯井沢さん、佐渡さんのこと名前で呼んでるんですか?」
真面目にパソコンに文字を打ち込んでいたはずの美馬がいきなりこちらを向いた。
「ああ、健斗とは幼馴染なんだ」
「なるほど。じゃあ俺のことも修二と呼んでもらえますか?」
「何でだよ!」
しまった。思わず俺の方が突っ込んでしまった。
「仲良さそうで羨ましいんです。俺は中途入社なので同期もおらず営業部でも入力の事務は自分だけで……」
「……」
「……」
こいつ!!
そのイケメンでしゅんとしたらカッコ可哀想じゃないか!
「……いいんじゃないか?湯井沢。修二って呼んであげたら」
「本当ですか?!嬉しいです!」
「僕は返事してないんだけど……」
体育会系特有の人懐っこさで満面の笑みを見せる美馬に、湯井沢も苦笑いをしている。
「じゃあ修二、続きやって」
「はい!」
パソコンに向き直り、大きな手で一心不乱にキーを叩く美馬を見ながら、俺はいい奴が入って来てくれて良かったなと呑気に考えていた。
翌日になると、佐野先輩が言っていた通りにニュースで大々的に田中常務の横領事件が取り上げられた。
朝ごはんを食べながらテレビを見ていた俺たちは、会社の周りで張り込む記者たちの映像にゲンナリとする。
けれど休むわけにはいかないのがサラリーマンのつらいとこだ。
仕方なく家を出て最寄駅から会社に向かうとやはり会社の前に人だかりができていた。
「どうする湯井沢」
「全力疾走で突破かな」
そんなこと可能だろうか。
前を歩いていた総務の部長がもみくちゃにされてるのに。
「仕方ない走るか」
俺は湯井沢を庇うように肩を抱いてエントランスを目指した。
「社員の方ですか!」
「一言お願いします!」
「以前から横領の気配はありましたか?!」
「公的機関も被害にあったようですが!」
カメラマンにぶつかりそうになりながら俺たちは小走りで会社を目指す。だが、一人の記者が俺の腕を掴んで引っ張った。
「あっ」
湯井沢を支えていた手が離れる。
小柄な湯井沢がこんな集団に巻き込まれたら怪我するじゃないか!
慌てて手を伸ばすが、届かない。
「湯井沢!」
けれどそんな湯井沢を突然現れたあいつが攫っていった。
「美馬……」
そいつは後ろから長いコートで湯井沢を包むと、抱き抱えるように彼を連れてエントランスに姿を消す。
俺は唖然とその様子をただ眺めているだけだった。