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65話 久しぶりに

その日の夕方、せっかく立てた計画があっさり頓挫したのは東堂課長の一声のせいだった。


「すごく心配してたんだぞ。出社してるなら教えてくれよ」


定時後のエントランスで俺を待ち伏せしていた東堂課長は、横に湯井沢がいるのを見て驚き、大層ご立腹だ。


……ごもっともです。

湯井沢といられて浮かれてた俺はすっかり二人のことを忘れてました。ごめんなさい。


「お詫びに一緒に飯行くよな?」


「……はい」


そして俺たちは笹野さんを交えた四人で湯井沢おすすめの中華屋に向かった。


「本当に良かった!安心したわ。乾杯しましょう!」


笹野さんがそう言って紹興酒のグラスを掲げた。


「乾杯!」


皆めいめいに好きな飲み物の入ったグラスをカチンと合わせ、湯井沢の無事を祝う。

あんなに心配して食事も喉を通らなかったのが嘘みたいに俺たちは山ほどの料理を平らげた。


「ひろくんも成長したね」


「……どうも」


「ほんと大人になったと思うよ。伯父さん達に助けを求められたんだから」


笹野さんが手洗いに立った隙に湯井沢から大雑把な説明を聞いた東堂課長はしみじみと呟いた。

確かに湯井沢は頑張ったと思う。


「でも素直に助けてとは言ってないんだろ?」


「……田中常務と多田の横領の証拠と引き換えにハラスメントの件の徹底調査を依頼した。そもそもあの二人を野放しにしてた社長含め他の役員の怠慢の結果だろ?」


「確かにな、伯父さんは他の会社も兼任してるから目が届かなかったのは言い訳のしようもないと思うよ」


そうか、あの書類はそういうことだったのか。

それにしても横領って……。

以前に多田と揉めた時に言ってたことは本当だったんだな。


「そうだ、東堂課長。湯井沢奪還に尽力いただきありがとうございました」


俺がぺこりと頭を下げると課長は「良いんだよ」と笑った。

それにしても立花さんは本当に謎だったがあまり触れちゃいけない気がするので聞くのは我慢しよう。

それに家族の話にあまり口を出すのも……と思い、俺は二人の会話を聞きながら黙って酒を飲んでいた。


「健斗くんもこれから大変だね。こんな意地っ張りでへそ曲がりと付き合っていくなんて」


「あはは、俺も手がかかるんでお互い様ですよ」


「……健斗くんも本当にいい子だなぁ」


グスッと鼻をすする東堂課長の目にキラリと光るものがあり、俺は驚いてハンカチを差し出す。


「……健斗気にするな。この人は酔いすぎるとすぐ泣くんだ」


湯井沢がため息をついた。


「そうなのか?」


じゃあこのままほっといても大丈夫か??


オロオロしているところにちょうど笹野さんが戻ってきた。

いいタイミングだとばかりに俺たちは食事会をお開きにして東堂課長をタクシーに押し込んだ。







「久々に楽しかったな」


「そうだな。叶さんのことがあってからなんとなく飲みの席から足が遠のいてたからな」


「うん」


街は飲食店のイルミネーションがギラギラと輝き、道端の屋台からは暖かそうな湯気がふわりと流れている。


「明日からまた気温下がるって」


そう言った湯井沢は、寒そうに首をすくめ、ポケットに手を入れた。


「なあ、湯井沢。次のクリスマスだけどさ」


「うん?」


「俺が計画立ててもいいか?」


なんせ恋人と過ごす初めてのクリスマスなのだ。

拙いなりに色々とリサーチして素敵な思い出にしたい。


「うわー期待しないで待ってるわー」


「失礼だな。そりゃお前に比べたら経験値ないけどさ」


今まで湯井沢が過ごしたであろう恋人とのクリスマスを想像して、不快感で胃がキリキリと捩れる。

けれどこれから先のイベントは全て俺と一緒なのだ。


「言わなかったっけ?僕は誰かと本当に付き合ったことないんだけど」


「……え?嘘だろ」


「笹野さん達の誤解解けたんじゃなかったっけ?」


「それは聞いたけど……。だってそれ以前からもお前の周りにはいつも女の子いたじゃん」


「可愛いって言われて連れ回されてただけだ。アクセサリー的な感じ?だって僕は初めて会った時から健斗が好きだったんだから」


「ええっ……うわ!やば」


「何だよ」


じわじわ赤くなる顔を隠そうとそっぽを向くが、面白がって覗き込んで来る湯井沢は容赦がない。


「まあしっかり僕を楽しませる計画立ててよ!初めての彼氏だもんね、期待してるよ!」


「……」


ハードル爆上がりなんだけど?

これどうしたらいいんだよ?


予想以上のプレッシャーをまさかの本人からかけられる羽目になり、俺は頭を抱えて青ざめた。





……社長の対応は早かった。

翌日出社すると人事メールが配信されており、田中常務と多田が懲戒免職となっていた。

横領の件は訴えを起こすとかで明日から騒がしくなりそうだ。

冬のボーナス前にざまあと言いたいのを堪え、隣に座る湯井沢を見る。

その視線に気付いた湯井沢は、爽やかな笑顔を俺に見せた。


その後は珍しく営業アシスタント部で会議の招集がかけられたので仕事を中断して会議室に向かう。


まあ十中八九、多田のことだろうけど。


俺たちはめいめいにノートパソコンを抱えて椅子に座った。




「忙しい中集まってもらってすまない。手短に終わらせるのでよろしく」


部の先輩である佐野さんがのんびりと挨拶をした。会議室には珍しく部のメンバー全員が集まっている。


営業部に付随する約二十人程しかいない小さな部だが、外出が普通なのでこんなに揃うことは初めてかもしれない。何ならよく知らない顔もちらほらいるくらいだ。

それだけ今回の事件を会社が重要視しているということだろう。



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