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62話 作戦

「あーお腹いっぱい」


湯井沢がいなくなってからご飯を美味しいと思うことがなくなったのに。

まるで失っていた味覚を取り戻したような充足感を感じる。


洗い物と食後のコーヒーは俺が引き受けたので、熱い湯気の立つカップを湯井沢に渡す。



「さあ、そろそろ話してもらおうか」


いなくなった数日間、何をしていたのか。

どうして監禁されたのか。


湯井沢はコーヒーを一口飲んで話し始める。


「継母はどうしても俺の持ってる土地が欲しいらしい。知り合いの田中常務理事を使ってくだらない茶番劇を考えたみたいだ」


「茶番劇?湯井沢の継母と田中常務は知り合いなのか?」


「常務理事の実家と継母が仕事で付き合いがあるみたいだな。どっちもろくでもないクズだから気が合ったんだろ」


「……田中常務はクズなのか」


知らなかった。


「人事から呼び出された日あっただろ?急に自宅待機って言われたから、おかしいと思って藤堂課長に電話かけに外に出たんだよ。そしたら継母の手下がいて俺を車に連れ込んだ」


「誘拐じゃん!」


「まあ油断させるためにわざと大人しく連れていかれたんだけどな。それで実家に連れて行かれて別荘を譲れと言われたよ。切羽詰まってたから何かあるんだろうな」


「……酷すぎる」


身内だとて完全に犯罪だ。


「まあ言うこと聞かなかったからあの家であんな状態になってたわけだけど」


「それでも親かよ。それに携帯にGPS付いてたんだって?」


「そうなんだよ。本当に覚えがないんだけどいつの間にか付いてたんだ。ほんと怖いわあいつら」


嫌そうな顔でまだ湿っている髪をかき上げる湯井沢。可愛いのにかっこいいとか反則だ。


「笹野さんとストーカーの件で警察に行っただろ?それで俺たちと多田の関係を知ったみたいだ。だから継母が田中常務に多田を使うよう指示したんじゃないかな」


「……なんで警察に行ったのが分かったんだろう」


「まあ……可能性は色々あるよな」


湯井沢は嫌なものを流しこむように、冷めたコーヒーを一気に飲み干した。


「可能性って……」


まさかずっと見張られてるってことなんだろうか?

それは異常が過ぎるだろ。



「継母は実家を掌握してる。最近は父親が持ってる会社でも好き放題だ。まあ自由にさせてる父親が一番無能なんだけどな。噂では最近、ろくでもない商売に手を出してるみたいだし普段から警察の人間も抱き込んでるんだろう。そこから連絡が入った可能性もある」


「えっ?!」


湯井沢の言葉に俺は心底驚いた。


「警察を抱き込んでるってどういうことだよ。警察官はヒーローだろ?悪いやつを捕まえて市民の安全を守ってくれる頼れる存在じゃないのかよ」


「……小学生かな?」


「だって……!」


警察官が悪者の味方をしたら、この世界はどうなるんだ。


「まあ人それぞれなんだよ。警察へのやみくもな信頼感については後でじっくり話すとして、本筋に移ってもいいか?」


「あ、うん」


なんとなくソファに正座していた俺は、握った拳を開いて膝に乗せた。


「健斗を人質にして俺に別荘を手放すよう脅迫したかったみたいだけど、健斗が引っ掛からなかったし、東堂課長が気付いて邪魔したから苛立ったみたいだ。だからここで俺を監禁して弱らせようと思ったんじゃないか?あわよくば死ねばいいと思って」


「なっ?!?!」


せっかく開いた拳をまた握りしめて俺は叫ぶ。


「ふざけんなよ!俺が危ない?お前の方がずっと危ないだろ!」


「俺はまあ簡単にやられるわけないし?」


「いやいや、お前を縛り上げて監禁するような奴らだぞ。やっぱり警察に……」


「まだ無理だ。確固たる証拠がない。下手なことすると相手を警戒させるだけだから証拠を先に集めないと」


「……分かった。じゃあここからは俺も協力する。俺の知らないとこで動くな。お前が逃げたと気付いたらまた狙われるかもしれないだろ」


俺は膝で握った握り拳に視線を落とした。

今日までの不安が一気に思い出されて、拳がかすかに震える。


「……そうだな、ごめん。俺たち付き合ってるんだもんな」


その拳にそっと手を乗せた湯井沢は俺を見上げて笑った。


「そうだよ、恋人なんだから。まだちゃんとキスもしてないのに勝手にいなくなるなんて酷い」


キスどころか湯井沢の部屋に立ち入り禁止とまで言われてる身だぞ。


「……お前の怒りポイントわかんねぇ……それにキスならしただろうが」


照れ隠しなのか、不貞腐れたように横を向く湯井沢に、俺は慌てて言い訳をする。


「違う!酔った勢いじゃないやつ!」


「……酔った勢いだったんだ?」


「あ、いや、違う!そうじゃない!したかったからしたんだけども!」


まずい、このままじゃ嫌われる。



どう言えばいいかを逡巡していると、湯井沢がぷっと吹き出した。


「健斗、可愛いな」


綺麗な笑顔の湯井沢を見て、胸がキュンと痛くなった。そしてお前の方がずっと可愛いと言いそうになって、それをすんでのところで堪える。

童顔で中性的な彼は可愛いと言われるのが嫌いなのだ。


……あれ?そう言えば、女子にはよく言われてるけど平気なのか?男に言われたら拳で返事するくせに?

……なんか面白くないな。



「それでこれからなんだけど」


「ああ、うん。なにか作戦があるのか?」


俺は慌てて意識を先ほどの話に戻す。


「不本意だけど上の力を借りる。このまま済ませるつもりはない。なんたって健斗を誘拐しようとしたんだから。それで健斗に頼みがあるんだ」


「なにをしたらいいんだ?」


「明日、俺と一緒に行ってほしいところがある」


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