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61話 帰宅

「継母の自室。せめてあいつらの悪事の証拠になるものを少しでも持って帰りたい」


「分かった、行こう」



湯井沢を支えながら真っ暗な階段を一段一段降りる。

ぎゅっと俺の首に腕を回す彼はいつになく素直で、俺は余計にまだ見ぬ継母への憎悪を募らせた。

「ここだと思う」そう言っていた湯井沢の予想通り、寝室に置いてあった金庫の中から証拠とやらが出てきた。ただの紙の束のようだが、湯井沢にとっては切り札なんだろう。

それにしても金庫もこんなにあっさり開けられるなんて当麻さんすごいな。一体何者なんだ……


「じゃあ行こうか」


「……待って誰か来た」


当麻さんがまた遠くを見るような目で壁を見ている。


え?ほんとこの人何?怖いんだけど超能力とかも使えるの?


「あ、そろそろ弟が帰って来たのかも」


湯井沢が呟いた。


「弟!」


俺は一度だけ見たことがあるカエルに似た男の顔を思い出した。


「見つからない方がいいよな?」


「そうだな、見つかったら継母より厄介かも」


「よし、裏から出よう」


俺たちは静かにリビングに向かう。そして大きなガラスのテラス戸を開けて裏庭に出た。

三人で体を低くしながら植え込みを抜けて勝手口の小さな門から外に出る。



……しばらくするとリビングが明るくなった。静かなところを見るとまだバレてないようだ。

間に合って良かった!

気の小さい俺にとってはとんでもない大冒険だった。けれどそのおかげで宝物を取り戻せたのだ。


「早くここから離れるぞ」


まだ顔色の悪い湯井沢に肩を貸して灯りの少ない住宅街を急いで進む。すると目の前に待っていたかのようにタクシーが止まっていた。


「まさかあれも当麻さんが?」


「そう。ではまたいつか」


それだけ言うと当麻さんは煙のように姿を消した。


「え?今のなに?」


「分からん」


けれど助けてもらったのは事実だ。……ありがとうを言う暇もなかったけど。


「とりあえず帰ろう」


俺は湯井沢を抱えて待っていたタクシーに乗り込んだ。





マンションに辿り着いた時には夜もすっかり更けていた。

とりあえず風呂に入りたいという湯井沢をバスルームまで連れて行き、俺は湯井沢のベッドシーツを綺麗に整える。


……湯井沢がいない間ここで寝てたってバレたら怒られそうだからな。



しばらくして風呂から上がって来た湯井沢は少し落ち着いたようでペットボトルの水を飲んでホッとした顔をしていた。


ああ帰ってきたんだ。


聞きたいことも沢山あったが、ひとまずは湯井沢を休ませようと思った。


「冷やしといたほうがいいからこれ当てとけよ」


俺は冷凍庫に入れてあった保冷剤を湯井沢の頬に当てた。


「つめた」


「ちょっとだけ我慢して。俺も風呂入ってくるから」


頷く湯井沢に笑顔を返し、着替えを持ってバスルームに向かう。

さっきまで湯井沢が使っていた浴室はまだ暖かくいい匂いがして彼の名残を思わせた。


「ん?」


切れかけていたボディソープがずしりと重い。

……さっき補充しておいてくれたんだな。

そう思った途端、湯井沢が帰ってきたという実感が湧いてたまらなく嬉しくなった。


同じ家、同じ食事、同じ風呂。

それがどんなに幸せなことか。

ようやく二人で一緒に暮らせるんだ。


……ん?同じ風呂?そういえばさっきまでここに裸の湯井沢がいたってことだよな?

そんな高校生男子のようなことまで考えてしまい、俺は慌てて頭から水を被る。


そして気を散らそうと、痛いくらいの勢いで身体中を洗いまくった。




敷きっぱなしの布団と、まだ整理してない段ボールしかない殺風景な部屋。

その万年床にどう考えても似つかわしくない天使が眠っている。


「ゆいさわ?」


どうしてここで?

せっかくベッドを綺麗にしたのに。


「俺の布団で寝たかったのか?」


何それ可愛い。


俺は掛け布団ごと湯井沢をぎゅっと抱きしめた。


「……苦しい」


「あ、ごめん」


「……せっかく寝てたのに」


湯井沢はもそもそと布団から這い出そうとする。それを慌てて阻止するが、もう彼の目は覚めてしまったようだった。


「悪かった。もう邪魔しないからここで寝てろよ」


「いや……うたたねのつもりだったから。それより腹減った」


「そういえばお前、ご飯ちゃんと貰ってたのか?」


「あー飯は食ってた。でもカップ麺とかコンビニ弁当とかばっかで美味しくなかった」


そうだよな。可哀想に……


「俺がなんか作るよ」


「なんかって?」


「オムライスとかオムライスとか。あ、昨日買って食べなかった弁当があるからあれを……」


あっ、つらいことを思い出させるコンビニ弁当はダメだった。


「……自分でなんか作る」


そう言うと、俺が引き止めるのも聞かず湯井沢はキッチンに向かった。


「まさか毎日こんなもの食べてたのか?」


冷蔵庫の揚げ物弁当を見て湯井沢は顔をしかめる。


「えっ?ああ……まあ」


「ほんと世話がかかるな」


「……すいません」


すっかり目が覚めたのか、湯井沢はテキパキと調理を始めた。


……あの弁当捨てられちゃうのかな。弁当に罪はないのに。でも湯井沢にとっては嫌な思い出のコンビニ弁当だもんな。

頭の中を色々な思いが渦巻くが、久しぶりに湯井沢に会えたことで俺も浮かれてしまい、そわそわと動き回る彼をただ見守っている。


「ほら出来たぞ」


ゴトリとテーブルに置かれたのは、チャーハンと甘辛いタレのヤンニョムチキン。それにブロッコリーとカニかまのサラダだった。


「リ、リメイク!」


味気ない白ごはんと唐揚げだけの弁当が二人分の家庭料理になっている!


「凄いな。弁当捨てられるんじゃないかと思ってドキドキしてたんだ」


「食べ物を粗末にするわけないだろ。それこそ米の一粒まで捨てないから」


そう言われると確かに湯井沢は、いつも何一つ残さず綺麗に食べている。


「さ、とりあえず食おう」


「ああ、いただきます」


さっきまでなかった食欲が辛味と甘みに刺激され、突然湧き上がってきた。

チャーハンの丁度いい油っぽさも自分が空腹だったことを思い出させてくれる。


俺たちは言葉も発さずひたすら箸を進めた。




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