目次
ブックマーク
応援する
13
コメント
シェア
通報

60話 救出

平日だからか渋滞もなく車は目的地に向かって順調に走る。無口な運転手のお陰で俺はずっと湯井沢のことを考えていられた。


会ったら何を話そうか。

それより無事なんだろうな。


怪我なんてしてなきゃいいけど……


流石に一応は母と名のつく人なんだからそこまで酷いことはされてないと信じてるけど……。

いや分からないな。




タクシーはほぼ予定通りに湯井沢の実家に到着した。住宅街にあるその家は他よりは少し立派だが、想像していたような豪邸ではなかった。

湯井沢が言ってた、財産はほとんど亡くなったお母さんのものだというのは本当だったんだな。


俺は車から降りて表札を確かめ、中の様子を伺った。

どの部屋にも電気は付いてない。どうしよう。

こっそり裏から……



「あの……」


「……!!」


後ろから話しかけられて心臓が止まりそうになった。

やめて!せっかく叶さんにもらったのに!止まったら謝っても謝りきれないから!


「……な、なにか?」


やばい。不審者だと思われたんだろうか。

暗がりで相手の顔ははっきりとは見えないが若い男のようだった。


「初めまして、私は当麻と言います。東堂様の命で手伝いに来ました」


「……え?」


東堂課長の?っていうか東堂様?って言ったか?

東堂家、思ったより強い。


「手伝いって具体的には……」


「ピッキングです」


そういいながら暗闇から出てきたその男は、確かに若くは見えるがひどく痩せて神経質そうな顔をしていた。


「ピッ……キング?」


「はい。すぐ終わらせますね」


そう言うと、スタスタと門を開け、玄関に向かう。

ああ!暗いだけで中に人がいるかもしれないのに!!


俺の心の声が聞こえたのか、その男は振り向いて無表情で大丈夫ですと言う。

「東堂様と連絡取り合ってますし他にも仲間がいますんで」


「そうですか……」


そしてものの数十秒。

最新式に見えたその鍵は子供のおもちゃみたいにいとも容易くするりと開いた。

俺たちは周りに人がいないことを確認して僅かに開けたドアの隙間から体を滑り込ませ、中に入る。

室内は真っ暗でしんとしていて、確かに誰もいないようだった。


だが、広い。とにかく広い。

思ったより豪邸ではないと思ったが、それでもうちの実家がみっつくらいは余裕で入る。


家人が帰るまでに探し出せるか?


そんな思いがよぎったが、当麻と名乗った男が手際よく各部屋の確認を始めたので、俺も気を取り直して湯井沢を探すことに専念した。


「……ここ」


当麻が一つのドアを凝視している。

物音一つしない空間で彼の目は俺には見えないものを見ているような色をしていた。


「……湯井沢?いるのか?」


「健斗?!」


湯井沢の声だ!本当にいた!


「湯井沢!助けに来た!一緒に帰るぞ」


急いでドアノブを回そうとするが、外から南京錠が掛けられていて開きそうにない。


そうだ、この男の出番だ。


「当麻さんお願いします!」


「はい」


玄関の時と同じく鍵穴に妙な形の棒を差し込み、カチカチと数回動かしただけで扉は開いた。


すげぇ!


「湯井沢!」


窓からの明かりだけを頼りに人影に近付くと腕を縛られた湯井沢がいた。俺は急いでその縄を解く。


「継母にやられたのか?怪我は?」


「ない」


……嘘だ。

月明かりに照らされたその頬は赤く腫れていた。


「怪我してるじゃないか!」


継母が目の前にいたら女性だからなんてお構いなしに問答無用で殴りかかっていた自信がある。


「逃げようとしたの見つかってちょっと殴られただけだ。継母じゃない、あいつの側近で愛人のボクサー崩れだ」


ボクサー崩れ?!そんな奴に殴られたのなら目や歯もちゃんと診察しないと。眼底出血や歯の損傷は後から来るんだから。


「もっと早く来ればよかった」


「何でここが分かったんだ?」


「お前の匂い辿って来た」


「……ばかじゃねえの?」


俺の冗談に痛そうに顔を歪めて笑う湯井沢。この世で一番大事で愛しい存在だと改めて感じた。


「……早く出ないと家の人帰って来る」


当麻さんの声にハッと我に返った。本当だ。とにかく湯井沢を安全な所に連れて帰らないと。

俺は力の入らない湯井沢を抱き上げるように支え、部屋を出た。


「まだ目的を果たしてないのに……」


悔しそうにそう言いながら湯井沢は俺を見た。


「目的って?そんな事言ってる場合じゃないだろ。一旦戻って仕切り直すぞ」


「じゃあちょっとだけ寄り道して欲しいんだけど」


「どこに?」


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?