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59話 湯井沢奪還

俺はありのままを全て二人に話して聞かせた。


「海外リゾート?一週間??一人で?羨ましいわね」


「まあ確かに。でも何が目的か分からなかったです。多田の肩を持って湯井沢を貶めるのが目的なら、そんなことで訴えを取り下げたりしませんよね?」


「そう言えば脅迫メールって何が書いてあったんだろう」


東堂の疑問にすかさず笹野が答えた。


「人事の友人に聞きましたけど幼稚な罵詈雑言だったそうです。湯井沢くんの社内パソコンから送られたことは分かりましたがパスワードを知っていれば誰でも使えますしね。湯井沢くんはあんな馬鹿みたいな文章書かないってその子が怒ってましたよ」


「じゃあ多田の自作自演?」


「そんなすぐバレそうなメールひとつでこんなに事が大きくなるのか??」


……この件はもっと複雑な裏があるんだろう。湯井沢が帰って来られないような……。


「東堂課長」


俺はしっかりと彼の目を見て続ける。


「湯井沢の居場所知ってるんでよね、教えて下さい」


「……あいつの家族の問題だから俺が話すわけにはいかないんだ」


「……ああそうなんですね」 


笹野さんもため息をつく。

そう言われてしまえば俺たちはもう黙るしかない。


……家族。

あの継母だろうか。


「ああ。それと携帯には盗聴器がついてるから今は使えないと言ってた。だから連絡はまだしばらくできないと思う」


盗聴器!?スパイ映画か?!

俺と笹野さんは絶句する。


湯井沢の継母がそこまでしてるのか?弱みを握るために?

でもその継母と多田たちは何の関係もないはずだ。

……それともどこかで繋がってるのか?


「課長、もしかして湯井沢は実家にいるんですか?」


東堂課長は何も言わない。

けれど無言であることでそれが真実だと俺に教えてくれた。


「俺行きます。酷い目に遭わされてるかもしれないし。場合によっては警察に連絡してでも連れ戻します」


「相手は狡猾なんだ。警察に行ったって家族間のもめごとには介入しない。ここで俺たちが動くことで継母を刺激して湯井沢が危険な目に遭うことだってあるんだから」


「そんな……」


本当に俺は何もできないんだろうか。

湯井沢が心細い思いをしているかもしれないのに。


「湯井沢を信じて待とう。あいつなら大丈夫だよ」


「大丈夫じゃないです……」


口にしないだけで大丈夫なんかじゃない。

飄々としてるけどあいつは一人でいることが好きなわけじゃないんだ。


「なにか分かったらすぐ知らせるから。とりあえず今日はもう帰ろうか」


そう言って俺の背中をぽんと叩く東堂課長。俺は「分かりました」と返事をする他なかった。





店を出て笹野さんをタクシーに乗せてから俺と課長は駅までの道のりを歩いた。

もうこの時間はコートがないと寒さに手がかじかむ。

いつの間にかすっかり季節は秋から初冬に移り変わっていた。


「ところで健斗くん」


「はい?」


「ひろくんとはどうなの」


「……どうとは」


「隠すなよー、知ってるぞ。付き合い出したんだって?」


「湯井沢から聞いたんですか?」


「そうだよ」


「……まあそんなとこです」


湯井沢が言ったのか?まさかあいつがそんな事まで東堂課長に話すなんて。気付かなかったけど余程信頼してたんだな。

……ちょっと妬ける。


「いいねーしかもあつーい夜を過ごしたんだろ?聞いたぞー」


「……」


「……どうした?」


「……カマかけましたね?」


「えっ?」


俺はジロリと課長を睨んだ。


「何でバレたの」


「熱い夜なんて過ごしてないからですよ」


これからと言う時に湯井沢は姿を消したのだ。

これからと言う時に!


それにしても二人が想像通り壁を隔てた関係で良かった。


「それは残念だったなあ」


「本当そうですよ。でもあいつは今それどころじゃないですもんね」


「そうだな。頑張ってるんじゃないかな。あいつらの思い通りにならないためにな」


その戦いに巻き込んでほしい、そう思っているのに湯井沢に伝わらないのがもどかしい。


「そんな健斗くんにプレゼントだ」


「なんですか?」


東堂課長は俺の手のひらに折りたたんだ紙を乗せた。


「これ……」


「俺が継母をエサで釣って呼び出すからその間に湯井沢の様子を見て来るといい」


「課長!」


畳まれた紙を広げると住所らしき走り書きが見える。ここからだと一時間もかからないくらいの距離だ。


「今から行きます」


「今からかよ!?」


当たり前だ。湯井沢が困ってるかもしれないのに。


「……分かった。じゃあちょっと待ってて」


東堂課長は少し離れたところでいくつか電話をかけだした。


もしかしたら今夜にでも湯井沢に会えるかもしれない。ソワソワと待っていると課長が戻って来て俺に向かって笑顔を見せる。


……釣り針に食い付いたのか。


「あいつの継母を知り合い経由で呼び出した。美味しい話をしたから飛んでくるぞ」


東堂課長は楽しそうだ。


「東堂課長が意外と性格悪いことを初めて知りました」


「酷いなー。俺ほど優しい男はいないぞ?それに俺なら恋人を不安になんてさせないけど?」


「そうですか……?」


「今、俺にしない?って意味で言ったんだけど」


「ああ」


なるほど。


俺の態度にガックリと肩を落とした東堂課長は、目の前のタクシーを止めて俺に早く行けと促した。




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