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57話 よくない提案


……多田の表情から窺い見るにそれは良い話ではなさそうだ……。


「君は湯井沢くんと仲がいいんだって?」


ほらきた、やっぱり湯井沢の話だ。


「はい、中学からの付き合いです」


俺の返事に満足そうな顔をする田中常務。

何が目的なんだ?


「そんな昔からの付き合いならさぞ大切な友人だろう。私が助けてあげよう」


「え?」


「ちょっと田中常務?!」


余裕の表情でこちらを眺めていた多田が慌てて声を上げるが、常務は意に介す様子もない。


「あのメールは湯井沢くんじゃなくてどこか外部の奴からのイタズラだったということにして話を終わらせてもいいんだよ」


「えっ?!田中常務!話が違います!」


多田が悲壮な声で叫ぶ。

そんな彼に常務はにっこりと微笑んだ。


その笑顔の裏の凄みに気付いたのだろう。多田は青い顔をして息を飲み押し黙る。

そしてその笑顔のまま、今度は俺の方にその顔を向けた。


「どうだ?悪くないだろう?」


……常務理事の口添えなら確かにすんなりと事は運ぶだろう。

だが原因を究明せず、曖昧に終わらせようとしている姿勢に疑問を感じる。


そもそも湯井沢は脅迫メールを送るなんて卑怯なことは絶対にしない。だからちゃんと調査をして貰えば無実が証明できるはず。

助けてもらう必要なんてないのだ。


「その脅迫メールになんて書いてあったのか教えてもらえますか?」


「そんなこと問題ではないだろう?君は大事な友達のために分かりましたお願いします、と私に言えばいいだけだよ」


「……確かに悪くないお話です」


「そうだろう?友達は大切にしないとな」


常務は馴れ馴れしく俺の肩を叩く。

俺は椅子を少し引き、その手から逃れた。


「でも条件があるんですよね?」


「さすが君は賢いな。だが条件なんて堅苦しいものじゃないんだ。一週間ほど海外のリゾート地でのんびりして来て欲しい」


「え?湯井沢とですか?」


「いや、君一人だ。もちろん費用は出すし、現地まで送迎もする。ホテルの中では自由だしこの際楽しんだらどうかな。……その代わりこの事は誰にも言わず誰とも連絡を取らないで過ごして欲しい」


……送り迎えつきのホテルに軟禁されて連絡も取らせて貰えない?それは誘拐では?


「君が戻って来る頃にはすべてが終わっているから安心してくれ。いい提案だろう?君にはなんの損もない」


「湯井沢にも損はないんですよね?」


「……当然だ」


何その不自然な間は。


「お断りします」


「何だと?!」


さっきまでの人のいい笑顔が嘘のように怒りに変わったのを見て、俺は自分の判断が正しかったと確信した。


「俺のことはいいんです、でも万が一にも湯井沢に害が及ぶようなことは何があってもやりません」


「佐渡くん!きみは……」


「失礼します」


田中常務は何か言いかけたが、俺はそのまま立ち上がり、逃げるように部屋を後にした。




「どうしよう……」


人気のない社内の休憩室でため息をつく。

勢いよく飛び出して来たのはいいが、戻らなければ俺は仕事が出来ない。


だってあの部屋が俺の仕事場だから!


「そろそろみんな戻って来たかな。職場放棄と思われたら困るけど常務がまだいたらどうしよう」


勢いで捨て台詞吐いて出て来たけど普通に上司なんだよなあ。

それに大きいこと言ったけど、どうやったら湯井沢を助けられるかなんて分からない。


俺は頭を抱えてテーブルに突っ伏した。


「誰が職場放棄したって?」

「うわ!!」


「……びっくりするから独り言に返事するのやめてください。こんなところでどうしたんですか?東堂課長」


「通りかかったら困ってそうだったからさ。どうしたの?」


「いえ……」


東堂課長は湯井沢の状況を知ってるのだろうか。

話してもいいかどうか逡巡する。


「悩みでもあるの?カフェバーで聞こうか?」


出た!カフェバー!


「……そういう誰にでもふしだらなのは良くないですよ」


「ふしだら!!」


何がおかしいのか東堂課長は息をするのも苦しそうに笑い転げている。


俺は微かに恨みのこもった目で彼を見上げた。


「……失礼します」


そして急いでその場を離れるべく立ち上がった。


「サボりは終わり?」


「サボってませんよ」


そう言い残して足早に部署まで戻ったが、気付くと課長が付いてきていた。


「何か用ですか?」


「いや、営業事務部に出張費用の件で聞きたいことがあるんだよ」


ほんとに?


誰に?とはあえて聞かず、俺は思い切ってドアを開ける。

そしてそこに先ほどと同じ二人の顔を認め、早過ぎたことを後悔した。


「佐渡くん!どこ行ってたんだ!話の途中で……東堂くん?!」


「あれれ?田中常務?偶然ですねーこんなとこに何の用です?」


東堂課長はいつもと変わらない軽薄そうな(失礼)口調で訊ねた。


そんな態度でいいんですか?

俺ほどじゃないけど課長からしても凄く上の立場の人なんですけど。


「あ、いやまあちょっと佐渡くんにな」


「いい歳なんですから若い子いじめんのやめてくださいよ~。佐渡は俺が特に可愛がってる後輩なんです。気を遣って貰えますか?」


ええっ?!なんて口の聞き方を!

巻き込まれてクビになるのはごめんですからね!


「ああいや、そんなつもりはないんだ」


「そうですか?誤解を招くようなことはやめて下さいね」


「あ、ああ。佐渡くん、誤解させたなら悪かったね。それじゃあ」


そそくさと部屋を出ていく常務。そして慌ててその後を追う多田。


東堂課長には聞かれたくない話だったんだろうか。それにしてもあんな風に逃げるように去らなくてもいいんじゃ……。


「常務理事にあんなこと言ったら後で問題になりませんか?」


「ならないよー」


その時点で気付く。

きっと東堂課長はこのことを知っててついて来てくれたんだ。


「じゃあ戻るね。それと湯井沢のことは信じて待っててやって」


「えっ?それってどう言う」


「じゃあまたね」


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