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53話 月命日




「あれ?笹野さん来てたの?」


営業部に契約書を届けに行っていた湯井沢が戻ってきた。


「ああ、お菓子くれたぞ。それから俺たちのことがバレた」


「はああ??」


「湯井沢声が大きい」


まあいつものように部署内は俺たちしかいないけど。


「なんでバレるんだよ」


憮然とする湯井沢をそっと後ろから抱きしめてみた。

ビクリと震える体が愛おしい。


ついでに可愛いつむじに一つキスを落とすと、腕の中でジタバタと暴れ出す。


「お前って付き合ったらこんな感じなの?意外すぎるし甘すぎるだろ!」


「そうか?」


やりたいようにやってるだけなんだけど。

とにかくいつも触れていたい。手も繋ぎたい。抱きしめたいし、キスもしたい。


俺どうにかなっちゃったのかもしれない。


「湯井沢キスして」


「お前っ!!いい加減にしろ!」


俺の腕から逃げた湯井沢はプンプンしながら席に着いて仕事を始めた。

ああ可愛いなあ。


これが人を好きになるってことか。

確かに今まで味わったことがない感情だ。


「……こっちばっかり見るな。仕事しろ」


「分かってるよ」


「……ニヤニヤして何考えてるんだ?」


「ずっと顔見ていられる職場恋愛サイコーって」


「ほんとお前って馬鹿……」


照れて焦っている湯井沢がたまらなく可愛い。


馬鹿でもいい。

こんな彼を見てられるなら。

俺は自然と上がる口角に戸惑いながらも幸せを噛み締めた。




その日のお昼は久しぶりに三人でさわらぎ亭に行った。

相変わらずさどゆい女子が色々な場所で息を潜めているが、店の売り上げにも貢献してるし……まあいいだろう。


「すっかり肌寒くなりましたね。今日はあったかいうどんにしようかな。東堂課長は?」


「……」


え?気味悪いんで無言で見つめるのやめて貰っていいですか。


「君たちもしかしてとうとう?」


「えっ?」


「そうなんだな?めでたいな!今日は俺が奢るよ」


口元をニヨニヨさせて俺たちを見るその目はまるで父親だ。

……本当にみんなめざといと言うか感が鋭いというか……


「東堂課長、奢りってほんとですか?何しよっかな」


湯井沢が舐めるようにメニューを凝視している。


「お手柔らかにね、ひろくん」


そう言いながらも彼の口元の笑みは消えない。


「それで?もうしちゃった?」


「……は?セクハラにしても度を超えてますよ東堂課長」


じろりと睨むように言い放つ湯井沢に、冗談だよと笑いながら運ばれてきた蕎麦をすすっている。


「うまく行ったならもう俺は用無しだね。車貸すから叶くんの月命日もこれからはデートを兼ねて二人で行きなよ」


そう言われて、納骨から既に一ヶ月近く経っていることを思い出した。


「じゃあそうさせて貰おうか健斗」


「うん」


本当に偶然だけど、納骨をした日がたまたま叶さんが亡くなった日だったようで。

これからは毎月お参りに来ようと湯井沢と約束したのだ。


「じゃあ今度こそ飴を買って行くか」


「そうだな」


叶さんに俺たちのことを報告したい。

きっと喜んでくれるはずだ。








週末になり、俺は東堂課長に借りた車に湯井沢を乗せて霊園に向かった。

前回海に行った時は、スピードを出し過ぎだの、ウィンカーが遅いだのと文句を並べ立てていたが、今日は大人しく助手席で外を眺めている。

機嫌がいいのか俺の運転に慣れたのか。


「もうすぐ煎餅屋に着くけど車止められるかなあ」


「大通りで待っててくれたら僕が買って来るよ」


本来であれば片時も離れたくないのだが、今回は致し方ない。

俺は湯井沢に苺の飴を頼んで車の中で待っていた。



「健斗」


「早いな」


ほんの二分ほどしか経ってないけど?


「ダメだ。休みだ」


「え?また?」


店主の女性はそこそこの年齢だった。腰も悪そうだし入院でもしてしまったのだろうか。


「仕方ないから叶さんが気に入ってたクッキーにしよう。ここから南に行ってくれる?」


「分かった」


どうしてもあの飴がよかったのに。

諦めきれない思いで車を走らせる。


時間を見つけてこまめにのぞいてみよう、そう思いながら目的地を目指した。




霊園に到着し、車を止めて前回と同じように坂道を登る。

手にはクッキーと、小さな花束。


落ち葉も多いだろうと思い、掃除用具も一式持参した。


「あれ?誰かいる」


湯井沢の言葉に顔を上げると、確かに人影が見えた。

あの場所に他の墓石はない。

一体誰だろう……



「あ!」



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