湯井沢side 続き
「ほんと酷い目にあったなあ」
「そうだな。でもこれで多田も迂闊なことは出来ないだろ」
話しながらいつものようにふと健斗の顔を見る。
そこには真面目に僕を見つめる健斗がいた。
「ところで湯井沢、この前の話したいって件だけど」
あーやっぱり始まった。
このまま無かったことにならないかなって思ってたんだけど。
「もう遅いからお前のうちに泊めてもらっていいか?そこで話そう」
「分かった」
ああ……もういいや。
ここら辺で腹括らないといつまでも健斗に迷惑をかけてしまう。
大好きな人にもうこれ以上嫌な思いをさせたくない。
覚悟を決めて僕は健斗を自宅に連れて帰った。
湯井沢side 終
俺は今、湯井沢の部屋で彼と向かい合って座っている。
緊張で心臓が口から出そうだ。
すいませんが堪えてください、叶さん。
「それで?話って?」
気怠そうに濡れた髪を拭いている風呂上がりの湯井沢は、何かを覚悟するような顔で俺を見た。
「その……お前さ、笹野さんのこと好きなの?」
「は?何の話だよ」
「いいから答えろよ」
俺の目が真剣だったからか、「好きなわけないだろ」とぶっきらぼうな答えが返ってきた。
「で?なんでそんなこと聞くんだよ」
「その……」
「?」
「お前が……好きだ」
「……?ああ、知ってるよ。お前いつも言ってるじゃん」
「そういうんじゃなくって!」
俺は湯井沢の頬を両手で掴んだ。
「え?なに??えっ??」
焦る湯井沢の目を見ながら、精一杯の勇気を振り絞り、気持ちを伝える。
「友達としてももちろん好きだけど、そうじゃなくて、あ、あいしてるの方の好きだ!」
激しい鼓動が耳元まで響いている。
これは俺が鳴らしてる音だ。
叶さんから貰った心臓で、初めて恋を知った俺が湯井沢に向かって鳴らしてる鼓動の音。
その時、湯井沢の目からぶわっと涙が溢れた。
「え?どうした?!」
俺は焦って彼から手を離す。
……やっぱり嫌だったのか?
「嫌いだって言われると思ってた」
「は?……なにが?」
「健斗にもう一緒にいられないって言われると思ってたんだよ」
「なんで……」
「健斗のこと好きなのがバレたと思った」
「……え?俺のこと好き?」
「うん。ずっと好きだった。会った時からずっと」
「会った時から……」
湯井沢は頷きながら両手で顔を覆った。
しっかり者でいつも堂々としている湯井沢のそんな姿を見て、俺の感情が花が開いたかのようにぶわりと溢れた。
「湯井沢!」
感極まって抱きしめようと伸ばした俺の手。
けれどそれは無情にも湯井沢の手によって叩き落とされてしまった。
「え?」
……なんで?ここは抱きしめ合って愛を深めるとこじゃないの?
だが、湯井沢は恐ろしい目で俺を睨んでいる。
あれ?なんか間違えた?
「なんで忘れろなんて言ったんだよ!」
「え?なに……」
「僕が好きならなんであんなこと言ったんだ!この前、酔っ払って俺にキスしたときだよ!忘れて欲しいって言っただろ!」
えーーーーー!!!!!
「おっ……おぼえてたのか……」
あのキスを覚えてたなんてやばい死ねる。
誰か助けて!
「いや、違うんだ。あれはちゃんと叶さんに話をしてからと思って。思わずしちゃったから順番がアレだし、だから一旦忘れて欲しいなんて……」
焦り過ぎて何を言っているのか、もう自分でも分からない。
「何だよ……俺があの言葉でどれくらい傷付いたと思う?俺にキスしたこと後悔してるんだって、どんなにつらかったか分かってんのかよ!」
……ハッとした。
俺は自分の都合ばっかりだ。
勝手にキスして、勝手に待たせて、挙句勘違いさせた。
「ごめん」
怒って暴れる体をただ抱きしめる。
そのうち俺の背中を殴っていた力が弱くなり、その拳は緩やかに開いて俺の背を抱き返した。
「健斗……」
まだ湯井沢の涙は止まらない。
いつの間にか俺も泣いている。
遠回りしちゃったなあ。
俺たち。
大事な人は最初から一番近くにいたのに。
「叶さんがいいよって言ってくれたんだ」
「え?」
「湯井沢が好きだって伝えたら湯井沢ならいいよって」
「やめろよ。そんなの……叶さんに会いたくなるだろ」
「……うん、会いたいな」
そうやって俺たちは二人でいつまでも泣きながら笑いあった。
「……おはよ」
「おはよ。湯井沢酷い顔」
「お前もな」
部屋の中には朝日が差し込んでいる。
昨夜は一晩中二人で沢山の話をした。
今まで思ってたことや考えてたこと、口に出してみると案外合ってたり間違ってたり。危うく喧嘩になりかけたり、思いの深さを気付いたり。
明け方近くなってようやくうとうとしたが、ちゃんといつもの時間に目が覚めてしまうのはさすがサラリーマンだ。
「今朝はもう笹野さんのとこ行かなくていいって言ってたな」
「ああ、多田は留置所で夜を明かしただろうしな」
警察署に連れて行かれてからも、元気に怒鳴り散らし暴れる多田を見かねた警官が、彼を署内に留め置いた。
どうせなら何ヶ月が預かって欲しいなあ。
「じゃあ今日は二人で出社か」
「そうだな、手でも繋ぐか?」
「馬鹿じゃねーの?」
悪態をつきながらも、湯井沢は嬉しそうに笑っている。
何と言っても俺たちは今日から恋人同士なんだ。
「湯井沢」
「なんだよ」
「おはようのキスして」
「……!!」
目に見えて湯井沢の白い肌が朱に染まる。
「調子に乗んな!!」
怒鳴る顔も可愛いと思えるなんて、愛の力は偉大だな。
会社に着くと、笹野さんが昨日のお詫びだと部署までやってきた。
「これはお礼」
そう言って彼女は近所で有名なお菓子屋さんの菓子折りを差し出す。
「ご丁寧にどうも」
ありがたくいただくと、何やらニヤニヤして俺を見た。
「どうかしましたか?」
「あなたたちすぐ顔に出るわね。修行が足りないわよ」
何の修行だ。
「もしかしたらお礼を貰わなきゃならないのは私の方かもね?」
「あ」
気付かれてる。
「さどゆいの女子たちが喜ぶわね~。じゃあまたね」
すっかり元気になった笹野さんは手をひらひらさせて秘書課に戻っていく。
さすがあざと系モテ女子。
こういうことには人一倍鼻が効くらしい。