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51話 多田の結末

「あれ?あの人もう行ったの?」


遅れて食堂に来た湯井沢がそう言いながら俺の前に座る。


「ああ、うん」


東堂課長が去った後、俺は彼に言われたことを反芻していた。


確かにそうだ。

想像で笹野さんを憎むとこだった。


拒絶されるのは怖い。

好きであればあるほど。

けれど、一歩を踏み出さなければいつまでもこの地獄のような思考に囚われ続けることになる。


「湯井沢」


「なんだ?」


「俺、一度ちゃんとお前と話がしたい」


カツ丼をかきこんでいた湯井沢の手が止まった。


「……なにを?」


「俺たちのこと。お前も気付いてると思ってるけど違う?」


俺の言葉に顔を赤くしたり、照れてぶっきらぼうになったり。

少しは俺を意識してると思っていいんだよな?


「……当分忙しい」


「先延ばしにしたくないんだ。少しでいいから時間を……」


「また連絡する」


湯井沢は立ち上がり、まだ食べかけの丼を返却口に戻しに行った。

そしてそのまま俺の方を見ることなく、出て行ってしまう。


……あいつが食べ物を残すのを初めて見た。

それにしても「連絡する」って部署に戻れば隣の席なんだが?


きっと俺に好きだと言われるのが気持ち悪いと思って避けてるんだ。


……今までの俺ならそう思った。

いや、実際今もそうかなと思ってる。


けれどこのままの状態でいたら、もう友達でさえもいられない。


「何が何でもあいつと話し合う」


俺はそんな決意を固め、ちゃんと話が出来るまで湯井沢を追いかけることを決めた。




……と、思っていたが。


湯井沢は思った以上に頑なだった。

話すのは仕事のことのみ、笹野さんのボディガードをする時さえ、俺の同行を許さなくなった。

昼飯も湯井沢は秘書課で食べていると聞いて、沸々と怒りさえ湧いてくる。


俺が東堂課長と侘しく蕎麦やうどんを食べている間に、湯井沢は秘書課の女子たちに可愛いとか言われながらちやほやされてるわけだ。


なるほどな。


「湯井沢」


「……」


そんなに嫌か?

俺がお前を好きなのがそんなに嫌なのか。


あ、しまった。また想像で決めつけるとこだった。

けれどもう限界だ。

笹野さんを送り届けて一人になったところを狙おう。


俺は帰りにこっそり二人の跡をつけることにした。







湯井沢side



「湯井沢くん……」


「知ってます」


付かず離れず、健斗が俺たちの後を付けてくる。いつのまにか増えたストーカーに僕は頭を抱えた。


「何か揉めてるの?もしかして私の……」


「違うんです。笹野さんのせいじゃないんです」


全部僕の弱さだ。


あの日、健斗は僕たちのことを話したいと言った。

……とうとう気付いたんだ。

僕が健斗を好きなことを……


きっと距離を置かれる。友達でさえいられないかもしれない。

そう思うと健斗と話す勇気なんかなかった。


だから大人気なく逃げ回っているんだけど……


……あいつ、しつこ過ぎない?



まあ確かに昔から猪突猛進ではあったけどな。


「なにか分からないけどちゃんと話をした方がいいわよ?逃げ回ってても解決しないもの」


「分かってます」


分かってるけど怖いものは怖いんだ。


その日も笹野さんを自宅前まで送り届けて、駅へと踵を返す。


健斗はかなり離れた木の影に隠れていたけど、話しかけるタイミングを測っているんだろうか。


よし!駅まで走ろう。全速力で!


そう考えて一歩踏み出した時、いきなり腕を引かれた。


「?!」


驚いて払い除けようとするが、骨が軋むほど強く掴まれていてびくともしない。

見上げるとそこにいたのは多田だった。


くそっ!油断した!


けれど体格のいい多田から逃げることはできない。僕は一瞬屈んで地面の砂を掴めるだけ掴んだ。


「うわあっ!!」


間抜けな顔を砂だらけにして苦しむ様子は面白かったけど、腕に覚えのない僕に出来るのはこのチャンスに逃げることだけだ。


「おまえー!!!」


うわ!回復はや!!


咄嗟に腕で頭を庇う。

けれど目の前にいたはずの多田は、ドン!という音と共にどこかに消えてしまった。


「大丈夫か?!湯井沢!」


健斗?

隠れてた木から結構距離あったけど?!


「大丈夫、びっくりしただけ。ところで多田は……」


健斗がちらっと視線を横に動かす。

その先に意識のない哀れな男が横たわっていた。


「え?死んだ?なにしたの?」


「死んでない。体当たりした」


……さすがゴリラ。

思った以上の距離を弾き飛ばされてる。


「警察に届け出したんだろ?担当の名前教えてくれ。警察に連絡する」


「あ、ああ」


僕は登録していた警察官の電話番号を出して、健斗にスマホを渡した。




多田が意識を取り戻すと同時にパトカーが公園に到着する。そして中から二人の警官が飛び出して来て、暴れる多田を両脇から支えて、パトカーに押し込む。


「やれやれだな」


「ああ」


これで僕たちの役目は終わった。

そう思ってホッとしていたら警官から事情を聞きたいと言われて同行する羽目になってしまった。


それが想像以上に大変で……。


「……今何時だ?」


「21時過ぎかな」


「…………」


とにかく聞き取りの時間が長い!そしてあまりにも同じことを何度も聞かれる。

まあ冤罪防止には必要な措置なんだろうけど。それは突然呼び出された笹野さんも同じことで、すっぴんのままの顔が疲れで死人みたいになっていた。


「あーせめて、眉だけでも描かせて欲しかった」


既に入浴も済ませていたと言う笹野さんはTシャツとゆるい長パンツというラフな出立ちで、多田のことよりその辺りが気に入らないようだ。


まあその恨みはすべて多田に向かっているようで「絶対許さない」と怒りを露わにしている。


「笹野さん、すっぴんも素敵ですよ」


「ぎゃー!湯井沢くん!こっち見ないで!」


「あ、はい」


本当に素顔の方がいいと思うんだけどな。

女の人は難しいな……


僕は健斗と出会ってからずっと一途に彼を思っていたので、実は誰とも付き合ったことがない。

会社に入ってから色々な女子と付き合う真似事をしたのだって、元を辿れば健斗に少しでも意識して欲しかったからだ。


まあ無駄だったんだけど。




そうして全てが終わり、ようやく警察署を出た時にはもう真夜中に近かった。


夜道は危ないと言うことで笹野さんはパトカーで送ってもらえることになったけど、僕たちは現地解散だって。


……酷くない?



でも最近の気まずい雰囲気も何となく緩和されて、気付けば僕たちは自然に会話を交わしていた。



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