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49話 好きと言えない 湯井沢side

湯井沢side



納骨の後、健斗は魂が抜かれたような顔をしていた。

立花刑事と僕の知らない話をしていたから、叶さんと二人の時にあった出来事なんだろう。


ようやく前を向いた健斗には少し酷だったように思う。俺でさえ涙を堪えるのが精一杯だった。叶さんを好きだった健斗はどれほどのダメージを受けただろうか。

……とても一人にはさせられなかった。



半ば無理やり家に連れて帰って、ベッドに寝かせる。

疲れていたのもあってすぐに寝息を立て始めた。

目を閉じると、途端に幼くなるその寝顔を見ながら、俺は先日健斗の家に行った時のことを思い出していた。




「お兄ちゃんはゆいくんが好きなんだよ」


「え?」


僕が海ちゃんのメイクの練習台になっていた時のこと。

突然のそのセリフに僕は酷く面食らった。


「でもまだ自分でもよく分かってないと思うんだよね」


「……そんなことないよ」


健斗が僕を好きなんてあるわけない。

だって酔っ払って初めてキスした日、あいつは後悔してたじゃないか。

僕に忘れてて欲しいってあんな真剣な顔で。


「ゆいくんはどうしてありえないって思うの?」


僕は本当のことが言えず、ただ健斗には他に好きな人がいたからと言った。


「ああ、うちに連れてくるって言ってた人ね?」


……紹介するつもりだったんだ。


思わず眉間に皺が寄る。

すかさず海ちゃんに「動かないで」怒られた。


「でも一向に連れてこないけど」


「ああ、色々と事情があって。そこは触れないでいてやって」


「そうなの?分かった」


何かを察したのか、海ちゃんは何も聞かず納得した。

まだ十八歳なのに賢い子だな。


「でもそれとこれとは別、海も空もゆいくん推しだから」


「そう?ありがとう」


「ゆいくんが本当のお兄ちゃんになってくれたらいいなって思ってるんだ。……もちろん今も本当に兄妹だと思ってるよ?」


「うん、僕もだよ」


……待って、本当のお兄ちゃんってなんだ?


「もう!ちゃんと聞いてる?」


「聞いてるけど……」


「あのね、ゆいくんの方がお兄ちゃんより誕生日が早いでしょ?だからゆいくんが親なんだけど」


「……親?なんかのゲームの話?」


「違う。養子縁組の話」


……養子……縁組??


「そう。ゆいくんとお兄ちゃんが養子縁組をしたら家族になるんでしょ?海も全然詳しくないんだけど」


そんなの僕だってまったく詳しくない。


「でもね、ゆいくんが湯井沢の名前を捨てたいならうちの両親の子供になればゆいくんも沢渡になるんだよね。だからそれもいいねって」


「……そうなんだ」


ああ、空ちゃんと遊びの延長でそんな話になったんだな。本当に可愛い子たちだな。


「だからそうしてもいいねってお父さんとお母さんが」


「そうなんだお父さんとおか……え?」


なんて?


「うちの家族はみんなゆいくんが大好きだからね!いつかそうなった時は喜んで家族に迎えようってことになってるの」


「……」


なんだそれ。

僕を憐れんでるのか?

まったく沢渡家らしい。

ほんとお人よしの家族なんだから。

……誰からも愛されないこんな俺のために。


「ゆいくん!泣かないでメイク取れちゃう!」


海ちゃんの悲壮な声で僕は自分が泣いてることに気付いた。


ずっと憧れてた暖かい家族。

けれど僕が健斗と結ばれることはない。


「ゆいくんお兄ちゃん好きでしょ」


「……なんで」


バレてるんだ?


「初めてうちに来た時からみんな気付いてたよ」


本当に?恥ずかし過ぎる。もうおじさんとおばさんの顔を見られる気がしない。


「お兄ちゃんを好きになってくれて嬉しい。ゆいくんがうちに来てくれたらもっと嬉しい」


細いペンで僕の目の周りをなぞりながら、歌うように海ちゃんは言った。


「……でも、健斗は気付いてないんだ」


「そうね、お兄ちゃんは鈍感だから。あれでしょ?両片思い!」


この春大学生になったとはいえまだ無邪気な海ちゃんは屈託のない笑顔を見せる。


けれど……


「あいつには言わないでもらえる?いつか自分で言いたいんだ」


「もちろん!でも早めにね!」


「分かった」


……僕が健斗に気持ちを伝えることはない。

結果は分かりきってるから。


好きだと言った時、もしあいつの顔に嫌悪が見えたら……

僕はもう生きることを放棄するレベルで立ち直れないだろう。



「はい、やり直したよ。もう泣かないでね」


「ごめん、ありがとう」


鏡の中には見たことないくらいキリリとした僕がいる。


「さあ行きましょ!」


健斗はどんな顔するかな。

少しでも、気に入ってくれたらいいな……


僕はドキドキと胸を躍らせながらリビングに向かった。




……それなのに健斗は写真さえ撮らなかった。

僕は寂しいようなちょっと苛つくような気持ちでベッドに眠る健斗を見つめる。


そりゃそうか。僕なんかに興味ないもんな。

きっとあのキスは神様がくれた最初で最後のご褒美だ。

わずかな時間だったが、情熱的に求められたあの夜のことは一生忘れない。



窓から日が差して健斗の彫りの深い顔に影を作る。

瞼がわずかに動いてこの幸せな時間に終わりが近いことを知らせた。


名残惜しい気持ちを抑えて、僕は彼に背中を向け、眠っているふりをした。




ーーーーーーーーーーーーーーー




「おはようございます、笹野さん」


月曜の朝、俺と湯井沢は笹野さんを自宅マンションまで迎えに来た。

もちろん、多田のストーカー対策のためだ。


「本当にごめんなさいね。警察に届けるのも実害はまだ出てないし、同じ社内の人間だからって戸惑いもあって」


駅までの道を歩きながら笹野さんが恐縮している。


「100件を超えるメールなんて実害でしかないと思いますけど。それに何かあってからじゃ遅いですよ。とりあえずしばらく一緒に行動しましょう」


「ありがとう。よろしくお願いします!」


ニコッと笑った彼女は、少し元気を取り戻したようだ。


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