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47話 丘の上の終の住処

「それにね、これは俺も知らなかったんだけど、叶くんが事故で運ばれて来た時、健斗くんは発作起こして危険な状態だったらしいんだ」


「えっ?!それ僕も初耳なんだけど!」


湯井沢がすごい形相で東堂課長に詰め寄った。


「落ち着け湯井沢。それ課長のせいじゃないから」


「分かってるけど……」


何故か悔しそうな顔で下を向く湯井沢。可愛い顔が台無しだ。


「それでね、叶くんの心臓をすぐに移植することになったんだけど、たまたま彼を知ってる人が病院に診察に来てて、その人の証言で身寄りがないことが分かって手続きが早く済んだらしい。彼の財布には臓器提供カードも入ってたしね」


「叶さんの知り合い?それは誰だったんですか?」


「うちの患者さんで叶くんが施設にいた時の先生だったって言ってた」


「その人はどこにいるんだろう」


「さあ。名前は教えて貰えなかったから分からないけど、この墓のことは知ってるらしいよ」


じゃあお参りもしてくれてるだろうか。ずっと一人なんて寂しすぎる。


「もっと早く来たかったです」


「まあ、被提供者に提供者の情報を伝えるのは御法度だからねえ。墓石に名前も入ってるし」


「……そうですね」


その分、これからたくさん会いにこよう。


「運なのか縁なのか。まあそれで今回の不思議な出来事に巻き込まれちゃったんだろうけど」


「そんなので返せない恩です。命を貰ったんだから」


「そうだね」


「そう言えばひろくんも、健斗くんが緊急手術って聞いて飛んで来たよね。それで終わるまでずっと病院にいたもんね」


「え?そうなの?」


「……東堂課長うるさいです」


「でも手術は十時間以上かかったって聞いたけど」


「そう。その間ずっと院内の教会で手を合わせて祈っ『うるさい!!』」


背が高い東堂課長の口を必死に塞ごうと湯井沢が背伸びしている。


……可愛すぎて直視できない。


「ありがとうな、湯井沢」


「うう……知られたくなかった」


「なんでだよ」


「なんでも!あ!あれじゃないか?」


「本当だ」


ポツンと丘の上に作られた墓が見えた。

その隣に見知った人物がいる。確か立花さんだったか。

晶馬さんの骨を発掘する時にお世話になった東堂課長の知り合いの刑事さんだ。


「東堂先輩ー!」


まだかなり遠いのに立花さんが一生懸命手を振っている。


「東堂課長、立花さんとはどんな関係なんですか?」


「高校の先輩後輩だよ」


「あーね」


「立花さんこき使われてそう」


「ほんとひろくんは失礼だなあ」


そんな軽口を叩きながらも、俺たちは急いで斜面を登り切り、彼の側まで行った。


「おー立花、今日は悪いな」


「いえ!ちゃんとお連れしました」


今日は晶馬さんの遺骨を持って来てくれる約束をしていたのだ。

その腕には小さな白い骨壷が抱かれている。


「ありがとうございます」


「いえいえ、でもいいところですね、ここ」


立花刑事の言う通り、叶さんの眠るその墓地は高台にある特等席だった。

もう秋だというのに周りには色とりどりの花が咲き、山々を超えて遠くに海が見える。


最後に叶さんと会った時の波音が聞こえてくるようだ。



「すごく綺麗にされてるな。誰かが来てるのかな」


「寺の管理人に聞いたら年配の女性がよくお参りに来てるようでした」


東堂課長の言葉にキラキラした目でテキパキと答える立花さん。

学生時代、すごく慕われていた様子が目に浮かんだ。


「最後を看取ったっていう施設の人かな」


「多分な」


こうしてお参りに来ていたらいつか会えるだろう。

叶さんの子供の頃の話も聞けるかなと、俺は少し楽しみに思った。


墓の周りを申し訳程度に掃除して(そもそも草も綺麗に狩られていたのでほとんどすることもなかったが)僧侶の到着を待つ。


しばらくすると、その僧侶とともに石材店の作業着を着た男性が坂を上がってやって来た。

涼しくなって来たとはいえ、坂を登らせるのが申し訳ないくらいかなりのお年の二人だ。


「よろしくお願いします」


頭を下げる俺たちに僧侶は穏やかに微笑んだ。


立花刑事の持っていた骨壷を前に読経が始まる。

その笑顔と同じくらいに穏やかな声で紡がれる祈りは耳にも心にも心地よく響いた。

それが終わると作業着の男性が、墓石に晶馬さんの名前を彫った。そして墓石を動かして遺骨を墓の中に納め、納骨は終了した。


待たせてごめんなさい。叶さん。

やっと晶馬さんと一緒になれましたね。

今度こそガッチリ捕まえて、よそ見なんてしようもんなら怒鳴りつけてください。

そして幸せになってください。


鳥の囀りと清浄な空気。

そして流れてくる線香の匂いに叶さんを感じる。


安らかにと心の中で呟くと、いつものくふっと気の抜けた笑い声が聞こえた気がした。



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