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46話 墓参り

「じゃあこっちのお兄ちゃんには空がお茶を入れてあげるね」


「ああ、ありがとう」


妹が入れてくれたちょっと渋い紅茶を飲みながら他愛もない話をして過ごす。こんな時間は本当に久しぶりだ。


この夏は、色々と……本当に色々なことがあったから。


「そう言えば連れて来たい人がいるって言ってたのはどうなったの?」


ちゃっかりと向かいに座って俺たちの話を聞いていた母が、思い出したようにそう言った。


「ああ、なくなった」


「振られちゃったの?」


「……そんなとこかな」


きっと話しても信じて貰えない。

だって今となっては俺も夢を見てたんじゃないかって思うくらいだから。


「えーお兄ちゃん振るなんてその人見る目ないね」


慰めなのか、空がそんなことを言う。


「けどいい出会いだったんじゃないの?」


「え?」


母親は微笑むように俺を見た。


「……なんでそう思うんだよ」


「健斗がすごくいい顔してるから」


「いい顔……」


「うん、男らしくなったって言うか……ちょっと成長した感じ?」


「……成長したのかな。俺なんにも出来なかったんだけど」


「そんなことないと思うけどね。人って思ってるより誰かのためになってるもんよ」


「そうかな……」


そうだったら嬉しい。


「おまたせー」


「なんだよずいぶん遅かったな。海、湯井沢で遊び過ぎ……」


振り向くと、海に手を引かれた湯井沢が立っている。

けれどその姿は……


「どう?」


「どうって……」


メイクと言うから女子みたいなのを想像していたが(それも楽しみではあったけど)目の前の湯井沢は絶世のイケメンにクラスチェンジしていた。


「なに?どこが違うんだろう?」


「ファンデと~アイメイクかな。ゆいくん綺麗だからあんまり手を加えるとこなかったけど。最近は男子も結構メイクするよ?」


いつもより大人っぽく、そしてなんとも言えない……その……なんだろう。上品に言うと本能が刺激される感じ?


「ゆいくん!色気が凄い!」


空がため息と共にそう漏らす。


そうそう色気が凄い。


しかもそう言われた途端、湯井沢が真っ赤になって照れるもんだから余計に色気が増して、俺の方も赤くなった。


「もう見ないでくださいよ。恥ずかしい」


「うふふ、写真撮っていい?」


「おばさんまで!」


そう言いつつも、彼女らに付き合って撮影会が開催されている。

俺もと思ったが、なんだか癪で言い出せず、あっという間に湯井沢の手によってその芸術作品は洗い流されてしまった。


……後でこっそり母親に送ってもらおう。

そう決意していると残業を終えた父親が帰宅したのか、玄関でただいまと声がする。


「はーい」


母がいそいそと出迎えに行くのも佐渡家のいつもの風景だ。

仲の良い二人は子供がいたってイチャイチャと目にうるさい。


けれど……俺もこんなふうに夫婦仲良く歳をとっていきたい。

そしてその相手は湯井沢がいいなと思いながらデザートを頬張る彼を見ていた。






週末、叶さんのお墓に行く為に、俺と湯井沢は駅前で待ち合わせをした。

煎餅屋の苺の飴を買ってから行くつもりだったのに、残念ながら店が休みだったので代わりに花を買う。


「健斗、せっかく寄り道したのに残念だったな」


「そうだなあ。でも臨時休業じゃ仕方ない。今度行くときに買おう」


湯井沢にはそう言ったものの、やはり残念な気持ちは拭えない。

久しぶりに会える叶さんにはやはり一番喜ぶあの飴をあげたかった。


「次も一緒に行こうな」


「ああ」


けれど単純な俺は、湯井沢のその一言で簡単に浮上する。

隣を歩く彼は今日もおしゃれなシャツにジャケットを羽織り、髪を綺麗にセットしていて、俺をときめかせた。




東堂課長との待ち合わせは俺が入院していたのぞみ子ども病院だ。


指定された駐車場で、俺たちは課長を待った。


「変わらないな」


正面入り口では沢山の人が行き来していて、中にはぐったりと抱き抱えられて来院する子どももいた。


……俺もあの中の一人だったんだ。


あの子たちも、いつか元気になって俺みたいに好きなことができますようにと祈らずにはいられない。


「……そういえば湯井沢はよく見舞いに来てくれたよな」


「そうかな。他にも沢山来てただろ」


「まあそうだけど」


それでも湯井沢が来る頻度は飛び抜けて高かった。

昔からとても優しい奴だったんだよな。


「あ、来たよ」


湯井沢がこちらに向かって歩いてくる東堂課長を見つけた。

ラフではあるけどいつもより黒の多い服装で髪も自然に流している。


「お待たせ」


「……嫌味ですね。外車のキーなんて」


そんなことを言う湯井沢こそ嫌味では……。


「やめてよひろくん、俺のじゃないよ親父の車だよ。これしか空いてなかったんだよ」


「湯井沢……車出して貰ってるんだから余計なこと言うなよ」


「……東堂課長、すいません」


「あはは、健斗くんはひろくんの調教師みたいだね」


にこにこする課長に「僕は猛獣じゃないんで」と文句を言う湯井沢。


適度に和やかなそんな雰囲気で俺たちは目的地へと向かった。




叶さんが眠る霊園は、大きな山を切り開いて作られたもので病院から近いと言いつつも一時間ほど離れた郊外にあった。


「全然近くない」


「まあでも墓地にしたら近いよな」



墓は頂上付近にあるそうで、到着した後も緩やかな坂道を三人でひたすら登る。


「せっかく移植に協力してくれた人なのに無縁仏になるのは忍びないって父親がここに埋葬したらしい」


「そうだったんですか。知らなかったです」


今度院長先生に会ったらお礼を言おう。

入院中もあまり接する機会は無かったが、大柄で優しい人だった。



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