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45話 里帰り


万が一ここじゃなかったら、俺たちは役員の前で大変な失態を演じることになるんだが。

まあでも今はそれどころじゃない。


「笹野さん!」


勢いよくドアを開け放した先に、確かに二人はいた。

けれど目の前に広がっていたのは思いもよらない光景だった。


「笹野さん?」


「あら?湯井沢くんに健斗くん」


そこには腕を組んで仁王立ちになっている笹野さんと、その前で床に座り込んで土下座をしている多田がいた。


「なっ!何してんだお前ら!」


俺たちと目が合うと、真っ赤になった多田は床から跳ね起きて、烈火の如く怒り出す。


いや、お前こそ何してんだ。


「笹野さんこれは……」


「嘘ついて呼び出して私を閉じ込めようとしたから謝らせてたの」


「……ああ」


なるほど……??

確かにさっき湯井沢から聞いた通りだが、土下座させるなんてさすが笹野さんだ。


「とにかくこんな事二度としないで。結婚の話もお断りします」


「そんなっ!!!」


多田が笹野さんへ向かって一歩踏み出す。

それと同じだけ彼女は後ろに下がった。


「くっ……」


俺たちがその前に立ちはだかり彼女を庇うと、分が悪いと感じたのか、多田は逃げるように部屋から走り去った。


「逃げ足だけは早いな」


湯井沢にそんな感想をもらうほど、多田の逃げ方は無様で俺は思わず失笑する。


「笹野さん怪我はないですか?」


「大丈夫よ、ありがとう」


そう言いながらも気が抜けたのか、笹野さんは会議室の椅子に倒れ込むように座った。

顔を覆うその細い指は微かに震えている。


どんなに強気に出ていても、体格の良い多田と部屋に二人きりだったんだ。怖かっただろう。


「やっぱり当分の間、一緒に帰りましょう」


そう言った湯井沢を笹野さんは潤んだ目で見上げている。


……お似合いだな。


唐突にそんな思いがよぎった。

悔しいけどまるでドラマのワンシーンのようだ。


もしかしたら実は湯井沢は笹野さんが好きなんじゃないだろうか。

付き合ってたのも芝居だったとは聞いたけど、離れてから大事な人だったと気づくこともあるだろう……


俺は味わったことのない胸の痛みに戸惑う。



「よし、健斗帰るぞ」


「あ、うん!」


「笹野さん荷物持ちますよ」


「……湯井沢くん、ごめんね」


まだ力が入らない彼女を支えて部屋を出る湯井沢は、どこから見ても立派な彼氏に見えた。





笹野さんを自宅近くまで送ってから、湯井沢と二人で俺の実家に向かった。


モヤモヤとした気持ちは変わらないまま、久しぶりの里帰りのためにお土産を選ぶ。


「これなんか海ちゃん好きそう」


「……ああ、あいつらは湯井沢の選んだものならなんでも喜ぶよ」


「何言ってんだよ。真剣に選べ」


「うん」


「……なんか元気ないな?多田のことか?」


「あ……そうだな」


まさかヤキモチ妬いてますなんて言えない。


「心配すんな。いざとなったら会社に報告するし、警察にも相談する」


「うん」


頼もしい湯井沢の言葉に、それほど笹野さんが心配なのかと言ってしまいそうな自分を嫌いになりそうだ。


……ほんと俺、最低だ。


湯井沢が誰を好きでも俺に何かを言う資格はない。

ましてや俺は男だ。

叶さんと一緒にいたことでその意識は薄れていたけれど、そもそも湯井沢の恋愛対象からは外れていると考える方が自然だ。


それにこの気持ちを伝えたら友達ではいられないかもしれない。


湯井沢が愛しいと浮き足だっていた気持ちがしゅんと沈んでいくような気がした。



「おばさん!やっぱりおばさんのご飯が一番美味しいです!」


ダイニングテーブルに所狭しと並べられた料理を、湯井沢がすごい勢いで平らげていく。


湯井沢を連れて帰ると連絡したのはほんの一時間ほど前なのによくこんなに準備ができたものだ。

俺は母性の底力をかいま見た気がした。


「まあ!そんなこと言ってくれるのひろくんだけよ!海も空もほんと少食なんだから」


「お母さんのご飯ギルティなの。太るから嫌って言ってんのに」


「そうそう。これ以上太ったらコスプレ衣装着られない」


……コスプレ?


「海、おまえ怪しげな店でバイトとか……」


「してるわけないでしょ。お兄ちゃんが考えてるのとは違うわよ」


バッサリと切り捨てられて、安心と同時に寂しさがよぎった。

いつまでも子供だと思っていたのにいつの間にかすっかり大きくなったなあ。

もう大学生になったんだもんなあ。


双子の妹の海と空は基本的に顔も性格も似ているが、見た目の印象はまったく違う。

海は長い髪にいつもしっかりメイクをしていて、オタク趣味を全開で楽しんでるし、空はショートカットでメイクも最低限なスポーツ大好きっ子だ。


小さい頃はどちらが海が空か分からないほど似ていた二人だが、母親がそれを楽しんで同じ服を着せてばかりいたのが嫌だったらしい。中学に入る頃から突然自己主張を始めて今に至るのだ。


「ゆいくん!ゲームしよう!」(空)


「ゆいくん~!肌綺麗!メイクさせて」(海)


「二人とも、ひろくんはまだご飯の途中でしょ」


「「早く食べてー」」



「……うるさくてすまない。湯井沢」


俺が謝ると、湯井沢はニコッと笑って嬉しいと言う。


「昔からこうして僕はここで育ててもらったんだもん。懐かしいし、嬉しいよ」


「……湯井沢」


最初は誘っても遠慮がちだった彼だが、遠慮のないうちの家族に感化されて、すっかり甘えてくれるようになった。


だから湯井沢は今でもうちの家族の一員だとみんな思ってる。


「ごちそうさまでした!」


「はい、たくさん食べてくれてありがとう」


「こちらこそ美味しかったです」


「ゆいくん!じゃあメイクしよ!」


海は湯井沢の腕をぐいぐいと引っ張って部屋に連れ込もうとしている。


「湯井沢!嫌なことは断れよ?海も無理やりはダメだ」


俺の苦言もどこ吹く風で海は握った湯井沢の手を離さない。


「空とのじゃんけんで勝ったのよ!さっ部屋に行きましょ!ゆい兄ちゃん」


「仕方ないないなあ。お手柔らかにね」


そう言って苦笑いをしながら海に連れられて行く湯井沢。心配ないとジェスチャーを寄越す彼に、俺は渋々頷いてリビングの椅子に座り直した。


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