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44話 ストーカー

「早く断ったほうがいいですよ。出世も望めないし性格も悪いので」


湯井沢が冷静にアドバイスしている。

本人が近くにいたらどうするんだ……


「……知ってる。でも断ってもしつこく連絡寄越すのよ。紹介してくれた近所のおばさんも熱心でね……」


「でもすごい偶然ですね」


「よく知らないけどおばさんに多田を紹介した人がいるのよ。結構な偉いさんらしくて断りにくいんですって」


そうは言っても一生の問題なんだから多田なんかに引っ掛かったら笹野さんの人生がもったいない。


「帰りに待ち伏せされるし、何百件もメール送ってくるし、もう最悪よ」


それはもう立派なストーカーだ。


「僕が送り迎えしましょうか?」


ミルクティーを飲みながら湯井沢が提案する。

……それはちょっと複雑な気持ちだ。


「湯井沢くん優しいのね。でもこれ以上迷惑かけられないから大丈夫」


「じゃあ、俺が」


俺はすかさず手を挙げた。

湯井沢と二人きりにするくらいなら俺が笹野さんを送り迎えする。

今回は色々と気を遣わせてしまったし。


「ありがとう……もしかして身の危険を感じたらお願いすることがあるかも……」


「はい!いつでもどうぞ!」


しばらく行ってなかったジム通いを再開しよう。襲い掛かられて返り討ち出来なかったら恥ずかしいもんな。


「手始めにひとまず今日は一緒に帰りませんか?多田の反応も見たいし」


「……いいの?」


「もちろんです」


自宅の場所を聞けば、思ったより会社から近い。そして俺の実家の沿線だ。


「ついでに実家にも寄るので気を遣わないでください。近いのにかなり長く帰ってないので」


「そう?じゃあお言葉に甘えようかしら」


綺麗にメイクされた目元に隠しきれないクマが見える。

昼休みにこんなとこで一人でいるのも、彼から身を隠しているんだろう。


「……じゃあ俺も行く。健斗の実家久しぶりに行きたい」


「おお!妹たちも喜ぶよ」


「……二人ともありがとう」


眉を下げてらしくない笑い方をする笹野さんは、思った以上のダメージを受けていたようだった。





定時で上がれるよう仕事を調整した俺たちは、待ち合わせ場所のエントランスで笹野さんを待った。

多田は午後からも部署に戻って来ず、どこにいるのか見当もつかない。


「多田は外出の予定ないよな?」


「ああ、先輩も知らないって言ってたな」


「そんな自由でいいのか?あいつ全然書類仕事もしてないのに」


「なんか後ろ盾があるんじゃね?社長の息子とか」


「まさか」


もしそれが事実ならこの会社は代替わりと共に倒産待ったなしだ。



「遅くないか?」


秘書課は基本的に残業はないと聞いたが、定時から三十分も経っている。


「ちょっと秘書課を見てくる。行き違いになったら困るから湯井沢はここにいてくれ」


「ああ、分かった」


俺は湯井沢に鞄を預けてエレベータホールに向かった。




滅多に行くことのない最上階。

当たり前だけど社長室の隣に秘書課はあった。

少し緊張しながら部屋までたどり着くと、中から女性が顔を出し、訝しげな様子で俺を見る。


「怪しいものじゃありません」


「あ、はい」


「笹野さんと約束してまして」


手汗やばい。

これじゃ本当に不審者だ。


「笹野さんなら定時で帰りましたよ?」


「えっ?」


どういうことだ?

俺は慌てて湯井沢に電話した。


「え?まだ来てないけど」


「でも帰ったって!笹野さんの番号知ってる?」


「ああ。かけてみる」


そう言って電話を切った湯井沢に、分かっていても(まだ番号持ってるのかよ)と、ちょっとイラっとする。

そんな場合じゃないのに。俺の馬鹿。

人を好きになるって本当にめんどくさいな。


感情が上がったり下がったり、なんて言ったかなこういうの。

エレベーター?あ、ジェットコースターか


急ぎエントランスに戻った俺に湯井沢が駆け寄って来た。


「繋がらない。なんかあったのかも」


「えっ?そんな……」


「総務に行くぞ」


「そ、総務?なんで?」


湯井沢は俺の問いを無視して総務課に走る。

そして出てきた総務部長に何やら頼み込んでいた。


「あれ?健斗くんどうしたの」


「東堂課長!」


そうか、総務と経理は同じ部屋だ。


「笹野さんがいなくなって」


「いなくなった?」


俺が簡単に現状を説明していると、湯井沢が戻って来る。

その直後、「社長が探しているので直ちに連絡を」と笹野さんを呼び出す館内アナウンスがビル中に響き渡った。

上手い手だと思うけど社長の名前勝手に使っていいのかな。

小心者の俺がドキドキしているとしばらくして湯井沢の携帯が鳴った。


「あ、笹野さん」


「えっ!」


電話に出た湯井沢は無言でエレベータに向かって走りだした。


「湯井沢まて!東堂課長!また後で連絡します」


「ああ、分かった」


心配そうな東堂課長を置き去りに、俺は湯井沢が止めたエレベータに滑り込んだ。


「見つかったのか?」


「ああ多田の奴、笹野さんに嘘ついて呼び出して閉じ込めてたみたいだ」


「閉じ込めてた?!」


「とりあえず、あのアナウンスで多田が冷静になったみたいだけどまだ一緒にいるって」


エレベーターのドアが開き、湯井沢が目的地を目指して走る。

俺はそれを必死に追いかけた。


「ここだ!多分」


「多分……」


俺は役員用会議室と書かれたプレートを見上げた。

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