「健斗!」
「!」
突然全身に電気が走ったような感覚を覚え、俺は驚いて目を開けた。
「どうしたの?寝不足?」
「えっ?俺、寝てた?」
「寝てたね」
目の前には湯井沢が立っている。
両手に得体のしれない貝をたくさん抱えて。
「夢を見てた。叶さんの」
「そうなの?良かったね」
「良かった?」
「だって夢でも会えたんだから」
……そうだな。
俺があまりにも不甲斐ないから出て来てくれたんだよな。
「叶さんから頼まれたことがあるから相談させて」
「いいよ、どんなこと?」
「晶馬さんを自分のお墓に入れて欲しいって」
「場所は分かる?」
「病院が建ててくれたって言ってたから……」
「じゃあ戻ったら東堂課長に聞いてみよう」
「うん」
「それより晶馬さんの遺骨を引き取れるかの確認もしないと。いや、その前に……」
難しい顔をして頭の中で算段をする湯井沢の手にはまだ貝が握られている。
そのギャップが面白くて俺は改めて彼が好きだと思った。
「憑き物が落ちたってまさにこのことなんだねえ」
東堂課長が蕎麦を食べながら俺の顔をしげしげと眺めて呟いた。
ちなみに今日は湯井沢がお腹が空いたの言うので大盛りの店まんぼうにやって来た。
「なにがですか?」
「ああ、自分じゃ分からないもんなんだね。ショーマの絵を譲ってくれたら教えてあげるけど」
「え?俺を描いた絵ですか?欲しいんですか?」
「まあ、健斗くんの可愛い顔を、大好きなショーマが描いたんだからそりゃ欲しいよね」
「そうですか。まあ、あげませんけど」
「健斗くん~」
当たり前だ。
あれは叶さんが残してくれたたった一つの思い出なんだから。
「それより叶さんのお墓について何か分かりましたか?」
東堂課長は頷きながら、大きな丼からひとすじの蕎麦を箸で持ち上げた。
「ああ、記録が残ってたよ。病院からそんなに遠くないから今度一緒に行こう。晶馬くんの遺体についても捜査が済んだらどこに埋葬しても問題ないって」
「さすが頼れる東堂課長!ありがとうございます!」
俺は心から感謝をして頭を下げる。
「いいんだよ~今度デートでも……痛っ!」
テーブルの下で湯井沢が東堂課長の足を思い切り踏みつけた。
やめて、会社の人が見てるよ。
二人が親戚だって内緒にしてるんじゃなかったの?
「まあそれは冗談として」
「セクハラ紛いのおじさんジョーク笑えない」
「ひろくん冷たい。いやそうじゃなくて、俺も感謝してるんだよ」
「感謝ですか?」
「ああ、冷戦状態だった父親とこれをきっかけにちょっと関係修復出来たからな。ほんのちょっとだけど」
「それはよかったです」
資産家の一人息子がいつまでも実家と疎遠じゃこの先面倒だろうし。
「うちも結構めんどくさいけど、ひろくんに比べたらまあ可愛いもんだよ。後はひろくんが実家と対峙する番だよ」
「……防御一択です」
「まあそう出来てるうちはいいけど、後妻さん結構悪どいらしいじゃないか」
「……」
「助けがいるときは相談しろよ?ひろくんのことは本当の弟みたいに思ってるんだから……またそんな嫌そうな顔する~」
そうは言っても二人の仲は確実に以前より近くなってると思う。
……良いことだよな。お互いにとって。湯井沢だってきっと味方は多い方がいい。
ちょっと妬けるけど。
「俺も、何か出来ることがあったら言って欲しい。今回本当に助けられたから!」
大盛り茶碗を持つ湯井沢の手に自分の手を重ね、感謝の気持ちを伝えた。
「あ……うん、ありがとう……」
「ひろくん?健斗くんには素直だね?」
「うるさいですよ!」
耳を赤くしながらも、わざと乱暴な態度で唐揚げを頬張る湯井沢。
可愛すぎて写真に残しておきたい。
思わず彼をじっと見つめてしまっていたようで、柱の影の席から控えめな女子のため息が聞こえた。
まんぼうは大盛りの店なので女子社員たちも中までは入って来られまいと思っていたのに、気付けば店内は見覚えのある顔で埋まっている。
……侮ってた。みんな結構食べるんだな。
笹野さんがそんな皆に写真や動画は禁止とお触れを出してくれたらしいけど、今の湯井沢の写真は撮っておいて欲しかった。もちろん、俺専用で。
「東堂課長、蕎麦食べないならください」
「お、ありがとうな。天ぷらも残しておいたぞ」
「……食べられなかっただけでしょ」
大きな丼を手元に引き寄せて豪快に啜り出すその様子は見ていて気持ちがいい。
俺も決して少食じゃないはずなんだけど、湯井沢には敵わない。この小柄な体のどこにこれだけの物質が入っていくのか謎でしかない……
「健斗くん、さっきのお墓の話だけど早速来週末に行ってみよう。そのくらいになれば捜査も終わってると思うから」
「はい、分かりました。よろしくお願いします」
その後、コンビニに寄るという東堂課長と店の前で別れて、俺たちは会社へと戻った。
食後のコーヒーを買おうと休憩室に寄ると、これまた馴染みのある顔と遭遇する。
「笹野さんお疲れ様です」
「……お疲れ様」
「……本当に疲れてますね」
思わずそう言ってしまうほど、笹野さんは憔悴していた。
そういえばここしばらく会ってなかったかもしれない。
「大変なのよ。行き遅れのアラサーは」
「何かありましたか」
世間話程度のテンションで尋ねた俺に、笹野さんは思いの外、胡乱な目をして弱音を吐いた。
「見合い相手に執着されてんの」
「お見合いですか?今時古風ですね」
「そうよ。実家は田舎なのよ」
「でも執着されてるということは笹野さんは相手が気に入らないんですね」
「気に入らないわよ。同じ会社の知ってる顔なのよ」
「誰なんですか?」
「あんたたちの部署の多田よ」
「「えっ?!」」
今まで我関せずと少し離れたところで飲み物を選んでいた湯井沢だが、驚きのあまり俺と同時に声をあげた。
多田?よりによって?
流石にないわ。