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41話 さよなら

仕事が手につかず、心ここに在らずな俺たちに、藤堂課長から終業後の飲みの誘いが入った。


昨日のことを報告したかった俺たちは了承して店の前で待ち合わせる。


場所は例の老舗リストランテだ。


「昨日会って来たよ。事務の人」


テーブルにつくなり藤堂課長が口火を切る。


「どうでした?」


「肩まで伸びた茶髪に線の細い色白の男性で黒目がカラコン入れたみたいに大きくて凄い美人って言ってた。どう?思い当たる人いる?ところで最近は男にも美人って言うんだってな?」


東堂課長は、はははと笑っているが、それは俺が最も聞きたくない情報だった。


「それ叶さんです」


「いや、そんなはずないよ。だって叶さんは生きてるだろ?ショーマはもう亡くなってるんだから」


俺は何も言えず拳を握った。

まだ叶さんがいなくなったことを認められないから課長にも上手く説明出来ない。



「それから、前にひろくんが調べて欲しいって言ってた健斗くんの臓器提供者なんだけど」


「うん?」


「本当にダメなんだからね、絶対に他に漏らさないって約束してくれよ?」


「前置き長いよさっさと話してよ」


「分かったよ。提供者はひろくんが言ってた通り、交通事故で運び込まれた身寄りのない人で」


「知ってる。鮫島晶馬さんだよね」


湯井沢が口を挟む。


「え?違うよ」


「え?」


俺は想像が現実になってしまう恐怖に震えた。


「偶然だけど同じ名前なんだよ」


「誰と?」


「羽鳥叶。その人が健斗くんの心臓提供者なんだ」




ああ、やっぱり。



もう一人の僕、叶さんは確かにそう言った。


「え?どういうことだ?」


湯井沢は驚愕に目を見開いている。


「叶さんは、晶馬さんはまだ家にいるって言ってました」


「健斗くん、どういう意味?」


東堂課長が怪訝な顔をする。


「きっと指もまだあの家にあると思います」


「待って、どう言うことかちゃんと説明しろよ」


湯井沢が不安そうな顔で俺を見る。


「口に出すと全部本当になりそうで言えなかったんだけど。それに信じてもらえないと思うんだけど」


「うん?」



そう前置きして、俺は昨夜の出来事を湯井沢と東堂課長に話した。




「叶さんは幽霊だったってこと?住んでた家も十年前の家だった?そんなの信じられない」


医師免許持ちの現実主義者が呆れた声を出す。


「それは本当だって!俺もちゃんと確認した!」


湯井沢も訴えるが、課長は場所を間違えてるんだろうと取り合わない。


「明日うちに来てください、叶さんのサインが入った俺の肖像画があります」


「だから叶さんって人は実在するんだろ?そしてショーマの贋作を描いてるんじゃないの?」


「本人なんだよ!頭固いな!」


湯井沢がお手上げというようにため息をついた。


「あっ、ショーマといえば久しぶりに海の絵見に行ってこよ」


まるっきり俺たちの話を取り合わない東堂課長は、この話はおしまいとばかりに席を立った。


「ほんと頭硬いんだから」


「いや信じられないだろ普通は」


俺は目の前のワインを一気に飲み干した。


「健斗くん!!ひろくん!!」


「……うるさいな」


大声を出しながらこちらに戻ってくる東堂課長に、湯井沢が辛辣な言葉をかける。


「完成してるんだ!!」


「なにが?」


「ショーマの絵!オーナーに聞いたら最初から完成品だよって変な顔されたんだ!二人とも見たよな?!あの作品、未完成だったよな?!」


「あー」


俺たちは顔を見合わせてそっと笑い合う。

叶さん集中してたもんな。

きっと未完なのが心残りだったんだ。


東堂課長は難しい顔で信じられないと呟いた。


「君たちが言ってることが本当だとして、じゃあその晶馬さんって人がまだ家にいるっていうのはどういうことなんだ?」


「そのままの意味かもしれないけど、そうなると警察案件だよな」


「でもあの一帯は全て更地にされたのにどうして叶さんの家だけが残されてるんだろう」


「ああ、確かこの辺りが変わってしまうから俺に晶馬さんを助けてって言ってました」


「それって……」


「どこかに埋まっているから損壊しないでということか?」



「とりあえず明日にでもその叶さんの家の名義を確認しよう。相続人がいなくて買取が出来なかった可能性が大きい。晶馬さんの件は警察に友人がいるからそれとなく話してみる」


「わあ、さすが東堂家のお坊ちゃん!頼りになる~」


「こんな時だけ都合いいな!」


湯井沢の軽口に少し場が和む。

最初に比べたらこの二人も上手く行ってる気がするな。……面白くはないけど。


「じゃあ今夜はとりあえずしっかり食べて、今後に備えよう」


楽しく……とまではいかないが、俺も昨日から何も食べてなかったことを思い出し、パスタを皿に取り分けた。







翌日、早速東堂課長から家の件で連絡をもらった。

あの家は現在持ち主も相続人もおらず、買い取ろうにも交渉先がなかった為にそのままになっていたらしい。最終的には国庫に入ることになるが、本当に相続人が誰もいないのかを徹底的に調査する必要があり、時間がかかっていたとのことだった。


けれどそれも完了したので来週辺りには取り壊しになる予定だったとか。


あの家がなくなる。

それはとてもつらく、受け入れ難いことだったが、この心臓が叶さんのものだと知って、その気持ちは和らいだ。


だって探しに行かなくてもいつもここにいるんだから。





警察には本当にそれとなく言ってくれたようで、取り壊しの際には「貴重なものがあるかもしれないから慎重を期すように」と通達があったようだ。

もちろん、何かあった時のために秘密裏にスタンバイをしているらしくて、本当に晶馬さんが見つかったら事件として取り上げられるという。






そして今日、いよいよ叶さんの家が取り壊される。

俺と湯井沢は無理を言って解体現場を見せてもらうことになっている。


大きな重機が運ばれて来て、早速解体作業が始まった。


「叶さん、もういないですよね?もしいたら離れてください。危ないから」


隣にいる湯井沢がそんなことを囁き出したので、俺も一緒に話しかける。


「絵は貰いましたよ。すごく上手でした」


「プロに対して上手ってどんな上から目線だよ」


「えっ?じゃあなんて言うんだよ」


「上手なのは当たり前だろ。そこは繊細な画風がとか色使いがとか言うべきだろ」


そんなこと言われてもセンスゼロの俺には上手い表現方法は浮かばない。

仕方ないので黙ってることにした。


そうこうしているうちに、メキメキと音を立てて門扉が破壊されてゆく。


あの門は開きにくくて、取っ手じゃなくていつも上の部分を持って開けてたな。


古めかしいドアベルは鳴らす前にいつも先に叶さんが飛び出してくるから結局どんな音が分からずじまいだった。


それに玄関の引き戸のガラスは面白い模様が入ってて今なら貴重なもんじゃないだろうか。



どの景色にも叶さんがいて、笑ったり拗ねたり、怒ったりしてる。


大きな音と埃の中、気付くと俺は涙を流していた。


「健斗……大丈夫か?」


「うん」


大丈夫。彼は俺の中にいる。


初めて会った時から家族のように愛しくて落ち着く存在だったのはあの人が俺の一部だったからなんだ。


「寂しくないよ。ずっと一緒にいられるから」


「そうだな」


「……そう言うお前も泣きすぎだろ」


俺に負けないくらい、ポロポロと涙を流している湯井沢に、叶さんと会わせておいてよかったと思った。



彼を知る人が俺だけじゃなくて、この悲しみを分け合える人がいて本当に良かった。




解体も半分ほど進んだところで重機がエンジンを停止した。

その後はわらわらと職人さんが大きなシャベルを片手に作業を開始する。


しばらくすると、誰かが何かを叫び、間も無く警察が呼ばれた。

予想通り白骨化した遺体が発見されたのだ。







俺たちはただ黙ってその様子を見守り続けた。



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