「そうか、下見だったら協力してやるよ。それなら全部お前の奢りだよな?」
「えっ」
給料日前なのに!!
飲みに誘ったのは湯井沢の方なのに!!
だが後に引けない俺は力なく頷いた。
その店は多国籍料理が売りのようで、出てくる料理はどれも珍しくて美味しかった。
飲み物もおしゃれなカクテルを中心に、美しい色合いの物が多くて目でも楽しめるようになっている。
しかし、いくら綺麗だからと言ってもカクテルというのは意外と度数が高い。
だから口当たりの良さにガブガブ飲んでいるととんでもなく酔っ払ってしまうのだ。
……今の湯井沢のように。
「たのしいなあ!健斗!」
「そうだな。もうそこまでにしとけ。酔い過ぎた」
「なんだよぉ健斗のくせに!」
「ああ、健斗で悪かったな」
普段酒に強い湯井沢のこんな醜態は初めて見た。
「なあ健斗ぉ」
「なんだよ酔っ払い」
「お前さ、叶さんちに泊まったりしてるじゃん?」
「そうだな」
「もうヤッた?」
「……やった??」
「えっちした?」
「……はあ??!!」
こいつ!酔ってるとはいえなんて事言うんだ!!
「そんなわけないだろ!ちゃんと付き合ってる訳でもないのに!」
「……ほんとに?」
「当たり前だ!」
まったく、俺をなんだと思ってるんだ?
「ふふっ」
「何笑ってるんだ酔っ払い。そろそろ帰るぞ」
俺はテーブルで会計を済ませて、湯井沢を抱えて立ち上がる。
「もう帰んの?早くない?」
「もう三時間は経ったぞ。ちなみにお前は三時間ずっと飲み続けた」
「あはははは!面白いね!?」
いや、なにが??
ご機嫌で笑い続けている湯井沢を、やっとの思いでタクシーに乗せたが、そういえばこいつの家の住所を知らないと気が付いた。
「おい!湯井沢!住所教えろ」
「知らない~」
ああ、これはもうダメなやつ。
仕方なく俺は自分の家に湯井沢を連れて帰った。
階段も登れないほど酔っていた湯井沢を見かねて、叶さんの時のように抱き上げようかと思ったが比にならないほどその体は重い。
仕方なく肩を貸して、なんとか部屋まで辿り着いた。
「お前ほんとふざけんなよ……」
息を切らせながらワンルームのフローリングに体を投げ出すと、同じように転がした湯井沢がうっすらと目を開けてこちらを見ていた。
「なっ?!お前目が覚めてるんだったら自分で歩け!」
湯井沢は憤る俺を見てちょっと嬉しそうに笑う。
「だってこんなに誰かに世話を焼かれたことなんて生まれて初めてで楽しかったんだもん」
なんだそれ……
「お前は壁を作り過ぎなんだよ。俺にも少しずつ話をしてくれるようになったんだから、周りの人にももっと頼っていいんだよ」
演技で人に甘えたふりをすることはあっても、本当に困った時には絶対弱みを見せない。
そんな不器用で頑なな湯井沢が愛しくて堪らない。
「はいはーい。あーそろそろ帰らなきゃ~。起こしてくれよ」
「起こしてもらわなきゃならないくらいなのに帰んのは無理だろ。泊まってけよ」
「嫌でーす」
ケタケタと笑い出す湯井沢。
ほんとこいつは……
俺は仰向けになっている彼の上に覆い被さり、腰を支えてから「起こしてやるから首に手を回せ」と指示した。
湯井沢の細い腕が俺の首に巻き付くと、ぐいっと抱き起こす。
途端に二人の距離が近くなった。
伏し目の先に長いまつ毛。
無防備な体。
いい匂いのする柔らかい髪。
ふいに衝動に襲われ、偶然を装って白い頬に唇で触れてみた。
「ん……」
漏れ出る吐息から酒の匂いがして、更に酔いが回る。
それはとても柔らかくて甘かった。
目を開けないのをいいことに、更に大胆に頬への接触を繰り返す。
甘い掠れ声が耳をくすぐった。
「けんと……」
舌足らずな呼びかけ煽られて、とうとう薄く開いた唇にそっと自分の唇を重ねてしまう。
その柔らかさと熱さに驚き、思わず引こうとした体を、首に回った湯井沢の腕が許さない。
固く抱きしめると同じだけの力で返され、熱に浮かされながら唇を喰む。
離れては角度を変えて吸われているうちに、いつしか夢中になってお互いを貪りあっていた。
はっと我に返ったのは随分経ってから。
いつの間にか湯井沢の動きが鈍くなり、寝息を立て始めていることに気付いた。
ようやく、大きく息を吐いて彼を手放す。
けれどまだ自分の心臓は興奮にドキドキと脈打っていた。
酔っ払い相手に一体何をしているのか。
突然温もりを失い、寂しがる唇を指で撫でる。
……全然違った。
叶さんとのキスと
湯井沢とのキス。
そして同時に、好きと言う気持ちにも種類があることにようやく気が付いた。
その他大勢の友達に対しての好きじゃない。
家族に対するものとも違う。
俺は異性に対して思うのと同じように(まだそんな経験ないけど)湯井沢のことが好きなんだ。
……けれどそれは命の恩人である叶さんとの別れを意味する。
彼が大切なことに変わりはないが、湯井沢に感じるような愛や欲を叶さんに感じることは一生ないだろう。
だから晶馬さんの代わりにはなれない。
……俺は不誠実だな。
すやすやと眠る湯井沢を見て、叶さんに自分の正直な気持ちを伝えようと決めた。
……叶さんをがっかりさせてしまうかもしれない。
けれどはっきりと自分の気持ちを知ってしまった今、もう叶さんの気持ちには応えられない。
「……ごめんな湯井沢」
勝手に好きになってごめん。
でもお前を苦しめるつもりはないよ。
俺は湯井沢の頬を撫でる。
「目を覚ました時には今夜のことを全部忘れてますように」
そう呟いて湯井沢の側を離れた。