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34話 大切なもの

そこそこ大きい部屋に作り付けの棚。

部屋中に所狭しと積み上げられた段ボールからその匂いはしているようだった。


「すごいですね。全部薬ですかね」


俺は近くの箱を覗き込む。

ラミネート加工された錠剤や粉末。ナイロン袋に包まれている物もあればきちんと箱に入っている物もある。

それぞれの段ボールにはそれらの薬らしきものがギチギチに詰め込まれていた。


確か晶馬さんは製薬会社の営業をしてたと叶さんは言っていた。

仕事に使っていた倉庫だったんだろうか?

それにしても個人で契約している倉庫にこんな大量に薬を置いておくものなのか?



そもそも、これが叶さんの言う大事なもの?



「健斗、気持ち悪い」


「えっ!ちょっと待ってください!」


匂いに酔ったのか叶がふらふらし始める。

俺は慌てて彼を抱き抱えるようにして連れ出した。




「なんじゃ、大丈夫か?ほれ、これを飲め」


ケンゾー爺さんが冷たい水のペットボトルを渡してくれた。

俺は礼を言って受け取り、蓋を開ける。


叶はカウンターの前にあるソファに横になっているが、顔色は白いを通り越して既に青くなっていた。


「少し飲んでください」


俺はそんな彼の体をそっと起こして、口元にペットボトルを近づけた。


「大昔の薬じゃろ。いらんのならそのまま置いとけ。一緒に処分しとく」


「……一緒にって?」


少し水を飲んで楽になったのか、叶がうっすらと目を開けて尋ねる。


「今日でこの店は閉める」


「ええっ!今日?」


俺たち二人の声が綺麗にハモった。




「継ぐもんもおらんし、わしも老い先短い身じゃ。三年ほど前から新規の客は断って仕舞い支度をしておった。古い客も別の店を紹介して後は連絡のつかん者だけじゃった」


「それじゃ……」


「そうじゃな。お前たちが最後の客じゃ。やっと肩の荷が降りたわい」


ケンゾー爺さんはそう言いながら冷たい缶コーヒーを俺にくれた。

俺はそれを飲みながら黙って二人の話を聞く。


十年ぶりなら積もる話もあるだろう。

ましてやこれが最後かもしれない。

ケンゾー爺さんの方言混じりの低い声は聞いているだけで心が安らいだ。


ここに来て良かった……。


無くしてしまった記憶は嫌なものだけじゃ無かったことに俺は安堵を覚えた。



「店を辞めたら前に言ってた結婚した息子さんと一緒に暮らすの?」


「いや、息子のとこには行かん。それにもう八年ほど会うとらん」


「え?そんなに?」


「嫁さんに嫌われてしもうたみたいでな。もう息子や孫に会うなと言われたんじゃ」


「なにそれ」


「仕方ないんじゃ。お嫁さんはいいとこのお嬢さんで体裁もある。わしみたいな貧乏で見た目も良くない爺さんが義理の父親なんて恥ずかしいらしいからの」


……それは酷いな。


「そんなの勝手すぎるよ!息子さんはなんて?」


「嫁さんの親がやってる会社に入れてもろたからなにも言えんわな。いいんじゃ家族が幸せならその方がええ」


その家族に爺さんは入ってないんだろうか。


けれどケンゾー爺さんの笑顔はすべて吹っ切ったかのような清々しさで、叶さんもぐっと言葉を飲んでいた。



「そんなことより叶、ちゃんと大事なものは持ったか?」


「大事なもの?」


「ほれ、最後に一人で来た時に手に持ってた箱じゃよ」


「えっ覚えてない……」


「なんじゃ、若いのに忘れっぽいのう」


爺さんは幼子を揶揄うように笑う。


「確か木箱だったかのう。木目の、両手の上に乗るくらいの大きさじゃった」


「僕が一人で来たの?」


「そうじゃ。夜も遅くてな。車の運転はせんと聞いとったんで、なにで来たか聞いたが答えんかった。ただぼんやりと『とにかく大事なものだから絶対に開けないで、捨てたりしないで』って暗い顔で言いよったよ」


きっとそれが叶さんが思い出した大切なものだ。


「俺が探して来ます」


「僕も行く!」


「でもまた体調が悪くなったら……」


「いい!大丈夫!自分で見つけたい!」


「……分かりました。ダメになったらすぐ言ってくださいね」


「叶、行くならマスク持ってけ。息苦しいじゃろうが何枚か重ねて付けろ。埃っぽいからお前さんもな」


「ありがとう、ケンゾー爺さん」


差し出されたそれをありがたく受け取り、俺たちは倉庫に戻った。




明るい電気のおかげで隅々まで照らされた広めの倉庫を、俺たちは端から全部見て回った。けれど一見してさっき聞いたような木の小箱は見当たらない。


「もしかして段ボールの中?」


うんざりという顔をして叶が呟く。

ゆうに五十箱は超えるであろうその箱たちは、きちんと積まれているわけではなく、あるものは棚に、あるものは床にと乱雑に置かれている。


しかも蓋が開いていたりガムテープで留められていたりと様々だ。


「……十年前の僕を殴りたい……」


叶が恨めしそうな顔をしながらマスクのせいでくぐもった声を出す。


「叶さんはドアの側にいて下さい。開いているものから順に持って行きますから中身を確認してください」


「分かった。無理しないでね」


「はい」


そうして俺たちは黙々とそれぞれの役割をこなした。


捜索を開始して約一時間、それは思いがけない形で見つかった。


「これは……」


「簡単には見つからないはずですね」


数ある段ボールの一つ、そこに簡単な二重底が作ってあり、木の箱が入っていた。


なんの変哲もない、飾り一つない簡単な留め金がついただけのそっけない木箱。

中にそれほど大切なものが入っているとは思えないほどの愛想のなさだ。


「この箱、見覚えがある……」


「中身は思い出しましたか?」


「それはまだだけど……あれ?寒くもないのになんで震えてるんだろう?」


叶の手は木箱を取り落としそうなほどに震え、せっかく戻った顔色は、また青に塗り替わる。


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