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32話 本当の好きとは

「でもあれってアニメとか漫画の話じゃなかったの?」


空は確かなんとかいうゲームのキャラにハマってたけど。


「私はなま専です!!」


なません。


「なまもの。つまり好きなのは架空のキャラクターじゃなくて、生きている人間のみってことね」


やけに詳しく笹野さんが説明をしてくれる。


「笹野さんも腐女子なんですか?」


「推しはいるけど私は腐女子じゃないわ。でもこの七沢さんを筆頭に社内にそんな人が沢山いるから詳しくなっちゃったの」


沢山?

そんな会社大丈夫なんだろうか。


「それにしても笹野さん。話は変わりますが、すっかりあざと可愛いキャラじゃなくなりましたよね」


「健斗くん」


「はい」


「可愛いは作れるの」


「はい、え?」


「もう製造中止なの。これからは自分のために生きるのよ」


「はあ」


やはりよく分からないが、それは何よりだと思う。

今の方がずっと生き生きしていて楽しそうだ。


「あのっ!佐渡さん!」


七沢さんが突然もじもじしながら俺に何か言おうとしている。


俺の勘がろくでもないことだと囁いていた。


「お二人はお互いのどういうところが好きなんですか?!」


ほらな?


「あはは。好き前提で聞いてて面白いわね」


「笹野さん……」


それにしても興味がないからか、さっきから湯井沢が静かだな。

振り向くと、我関せずの姿勢で通りのケーキ屋を覗き込んでいる。


くそっ!俺が答えればいいんだろ!?


「えーっと、真面目なとこかな。あと責任感強いとこ」


「他には?」


「んー、意外と面倒見が良くて優しい」


「他には?」


「えっ」


まだ言わせる?

欲しがりさんだな。


「だめよ健斗くん。そんなんじゃ腐女子の欲求は満たせない。永久に質問攻めよ?」


「……」


ロールプレイングゲームみたいだな。

正しい回答を入れないと延々と続くやつ。


「それからイケメンで……」


「うんうん!」


あ、これが模範解答か。


「あとは結構可愛いところ」


「きゃーーーっ!」


よし、クリア!


「健斗くん」


「なんですか、笹野さん」


「推しを可愛いと感じたらそれはもう沼なの。ずぶずぶと沈んでいくだけよ。おめでとう」


意味が全く分からない。

分からないけれど。


よそ見してる湯井沢の横顔が、赤く色付いているのを見て、この回答が正解だったのかどうか分からず心の中で頭を抱えた。





社に戻ったのは休憩時間ギリギリだったが、幸いなことに多田は席を外していて、嫌味を言われずに済んだ。

他の先輩たちもみんな出払っていて部屋には俺と湯井沢の二人きりだ。


「そうだ、週末に例のレンタル倉庫に行くんだけど湯井沢も行く?」


「行かない」


何の気なしに誘ったが秒で断られてしまった。


「なんで?用事があるのか?」


俺の言葉に深いため息をついて湯井沢が首を振った。


「せっかくのデートだろ。もう少し相手の気持ちを考えてやれば?」


「デートって……」


……これってデートって言うんだろうか。

まあ二人で出かけるならそう言えなくもないが。



「なあ健斗」


「なんだ?」


「前から聞きたかったんだけど、お前みたいに鈍い奴に聞いても無駄かなと思って黙ってたことがあるんだ。聞いていい?」


「おう、なんだよ」


……話が気になるのでひとまず悪口はスルーしておこう。


「お前ほんとに叶さんが好きなんだよな」


「え?そりゃ好きなんだと思うけど?」


「義務感とか晶馬さんのこと抜きにしても?普通に出会ったとしても叶さんを好きになったってことだよな?」


「えっ」


それは考えたことなかったが、夢の中で会っていなければ街中で出会っても声はかけなかっただろう。


「綺麗な人だとは思うよ」


でもそれだけだ。


「もし、側にいてって言われてなかったら?何かの拍子に出会ったとしても、移植成功して良かったね。じゃあ元気でね!って言われてたら?」


「それは……」


あんな風に頼りなく放っておけない状態でなければ、過去の思い出の一つとしてちょっとした出会いで終わってたかもしれない。

そもそもあんな夢を見続けていなければ探そうともしなかった。


「分からないよ……」


「健斗!」


歯痒そうに湯井沢が声を荒げる。


「だって実際に側にいてって言われたんだから」


そしてあの人は、どこまでも頼りなく寂しそうで放っておけない人だった。


「もしもなんて仮定は無意味だと思う。どうしてそんなこと聞くんだ?」


「……ごめん、なんでもないよ」


なんでもないという顔ではない気がしたが、何をどう聞いていいかも分からず、俺は「そうか」と答えてパソコンに向き合った。


しばらくするとドアが開く音がして、湯井沢が出て行った。


一緒にいたくないのかな……


彼との間に大きな隔たりが出来たようで心が沈む。


なんて言えばよかったんだ?

そもそもどうして湯井沢がそんなこと気にするんだ?


(もし好きだったら?)


先日の東堂課長の言葉が蘇る。

湯井沢が俺のことを好きだったら……?


「何言ってんだ、馬鹿か俺は!」


頭を振ってその考えを打ち消す。

例えそうだとしても俺の側にいるのは叶さんなんだから。


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