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31話 仲直り?

「はい、おわり」


「ありがとうございます。すごい!目立たなくなりました」


「また殴られたらおいでね」


「流石にもうないんじゃないかと思うんですけど」


けれど殴られた理由が分からなければ同じことが起こる可能性はある。


「しっかり話しておいで」


「はい、そうします。ありがとうございます」


今日の昼飯は湯井沢を誘ってさわらぎ亭に行こう。

そう決めて俺は部署に戻った。






さわらぎ亭の日替わりランチは~シシカバブ、サモサを添えて~だった。


シシカバブは確か肉だよな?肉いいな。

でもサモサとは?

まあいいや。


「じゃあ日替わり二つで」


「はーい!まいどー」


「おい!やめろ」


湯井沢が慌てて俺を阻止しようとする。


「いいじゃん俺の奢りなんだから」


好き嫌いなく何でも食べる俺と違って湯井沢は大食いだけど食にこだわる。

けれどそれが偏食を助長することになり、結果的にいつも同じようなものばかりを食べることになるのだ。


「あれだけ食べるんだから何食べても一緒だろ」


「ふざけんなよ」


眉間に皺を寄せて見えない尻尾を膨らませている湯井沢は、子猫みたいで可愛い。


……可愛い?

最近こいつを可愛いと思う頻度が上がったな?

気のせいか。


「そうだ健斗、ちゃんと謝ってなかった。昨日は殴って悪かった」


向かいに座り、ぺこりと頭だけ下げる湯井沢。


赤べこってこんな感じじゃなかったか。


「いや、それはもういいんだ。なんか俺が怒りの琴線に触れたんだろ?」


「いや……」


「でも理由だけ知りたい。また地雷踏んだら困るし」


「……近くてびっくりした」


「近くてびっくり?ああ、距離が?そういうこと?」


びっくりってなんだそれ、可愛い。


「でももう大丈夫だから」


「そうか。じゃあ良かったよ」


「……」


「……」


なに?この空気。


「お待たせしました~」


絶妙なタイミングで料理が運ばれてくる。

マスター、いい仕事するな。


「いい匂いだな」


串に刺したワイルドな肉に揚げ餃子?みたいなものが付いている。


「これがサモサか」


「あっ、うまい」


「ほんとだ」


外はサクサクしていて中はもっちりとしたジャガイモが入っている。スパイスが効いてそれが何ともいえず食欲を誘った。


湯井沢も最初の不満は綺麗に忘れたようで、小さい口で一生懸命肉を齧っていた。


硬めな肉を噛み切るために唇をタレでベトベトにしながら格闘している彼を見ていると、不意に以前、その唇にキスしたいと思った記憶が呼び起こされた。


……何思い出してんだ!俺のバカ!


そのまま想像してしまいそうになり、慌ててライスをかき込む。


……どうして俺の不埒なセンサーは湯井沢にだけ反応するんだろう??




「ごちそうさまでした!」



早っ

俺まだ半分も食べてないのに


「お前見てたら腹一杯になってきた。責任とって俺のも食えよ」


「いいけど」


何の気なしに差し出した串に、湯井沢がぱくりと食らいつく。


おお!釣りみたいだ。


だがその直後、何故か背後がざわついた。


「あ、笹野さん」


「え?!」


湯井沢がもぐもぐと肉を咀嚼しながら後ろを指さす。

驚いて振り向くと、同じ会社の女子が会釈をしている。その横に呆れた顔の笹野さんがいた。


「笹野さん!いつからここに?!」


「最初からよ。そして健斗くんが肉を湯井沢くんに食べさせたところまで見てたわ」


……全部か。


「と、ところで笹野さんはどうしてここに?」


さわらぎ亭はうちの会社の人間にはあまり知られてないはずなのに。


「知らないの?話題になってるわよ?」


「話題?」


「さどゆいの女子に」


「さどゆいの女子???」


何のことかと湯井沢を見るが、俺の皿を抱え込んで知らん顔で肉を頬張っていた。


「あそこにも。あ、ほらあの観葉植物の陰にいるあの子なんてカメラ構えてる。でも撮影はやりすぎね、ちょっと注意してくるわ」


そういうと笹野は席を立ち、彼女たちの方へ向かって行った。


……ところで何を撮ってるんだ?


「大丈夫です!笹野さんは頼もしいのでちゃんとデータも消させると思います!」


ぐっと握り拳を作り力説する女性。

確か人事部の……七沢さんだったか?

こうして話をするのは初めてだけど。


「それにしても佐渡さんと湯井沢さんは本当に仲がいいんですね」


もじもじしながら頬を赤らめる七沢さん。

ああ、この子も湯井沢のファンなのかな。


「まあ中学からの腐れ縁なので」


「ごふっ」


「え?」


「あ、いえ失礼しました」


「あ、はい……」


「おまたせ、食べ終わったんでしょ?一緒に社に戻りましょうか」


「そうですね」


戻って来た笹野さんにそう言われて何も考えず答えたものの、彼女の隣にいる七沢さんが小さくガッツポーズをしているのを見て(しまった)と思った。

そうだ、彼女は湯井沢が好きなんだった。



店を出て会社までのわずかな道のりを、俺と湯井沢そして笹野さんと七沢さんが並んで歩く。

なんとなく面白くなくて、俺は湯井沢を七沢さんから一番遠い場所にさりげなく移動させた。

それでも彼女はチラチラと湯井沢の様子を伺い、嬉しそうに頬を染めている。


俺は負けじと湯井沢の方を向いて喋り続けた。


「健斗くん」


「はい?」


そんな俺を見かねたのか、笹野さんがため息と共に「もういいから」と言った。


「何がです?」


「何がじゃないわよ。心配しなくても七沢さんは湯井沢くんを狙ってるわけじゃないわよ」


「えっっ?別に心配なんて……」


「えっ?!佐渡さん!そんな誤解をされてたんですか?!」


七沢さんが心外だという表情で俺を見る。


え?なんなの?


「私は由緒正しいさどゆい派ですっ!壁です!モブです!自分受け地雷なので空気扱いしてください!」


「あの、もう一度ゆっくりお願いします」


早口だし知らない言葉ばっかりだし、誰か通訳してください。


「大丈夫よ健斗くん。七沢さんは腐女子なの」


「腐女子!」


妹の海と同じ趣味の人だ!

確か男同士の恋愛が好きって……


え?!

まさかさどゆいって佐渡と湯井沢って意味?!


何が大丈夫なんだ?笹野さん!!



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