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29話 苺の飴

「渋いとこ知ってんな」


俺が感心していると、湯井沢は慣れた様子で引き戸を開けて店内に入った。

俺もその後に続き中に入ると、甘い匂いが充満していてなんだか懐かしい気持ちになる。


「いらっしゃいませ」


カウンターの奥から年老いた女性が現れた。

腰が悪いのか、少し前屈みになりながらも、にこやかに出迎えてくれた。


「苺の飴をニ瓶ください」


「はい少々お待ちください」


そう言うと老婦人は狭いショーケースの端まで行き、レトロなガラス瓶を二つ取り出す。


「あ!」


いつも湯井沢の机の上にある飴じゃないか。

どうりでこの甘い匂いに覚えがあるはずだ。


「ここで買ってたのか」


「ああ煎餅が美味しいって教えてもらった店なんだけど、この飴にハマって結構買いに来るんだよ」


「確かに!他のとちょっと違うんだよな。少しだけピリッとしてクセになるんだ」


意気揚々とそう語る俺をみて、老婦人はクスリと笑い「しょうがが入ってるんです」と教えてくれた。


「なるほど!その味か」


「喉にもいいですよ」


老婦人は紙袋に瓶を入れながら、サービスだと言って煎餅も一緒に詰めてくれた。


「ありがとうございます!また来ます」


俺たちはお礼を言い、店を出た。


「叶さん喜んでくれるかな」


少し心配そうな湯井沢に、俺は「もちろん!」と返す」


「結構俺たち味の好み似てるんだよ。だからこの飴も好きだと思う」


「そっか……本当に仲良いんだな」


「まあな、もう既に家族みたいな感じだ」


恋人期間は一足飛びでな、と思ったがそれは口にしないでおいた。




叶さんの家に続く大通りは、いつものように車や人が行き交いとても騒がしい。

その喧騒から逃げるように俺たちは路地を曲がった。


「いらっしゃい!湯井沢くん。おかえり!健斗!」


玄関先でいつものように出迎えてくれる叶さん。


あれ?でも何か違う。


「叶さん、新しい服ですか?」


家にいる時はいつも同じお気に入りの部屋着なのに。


「そう。買っただけで着てなかったやつなんだけど、どう?」


淡い青色のシャツは白い肌にとてもよく似合っている。

それを伝えると叶さんは嬉しそうに笑った。


「あ、そうだ。これお土産です」


結局湯井沢が買ってくれた苺の飴を袋から出してテーブルに置く。

すると叶の目が驚きに見開かれた。


「これ、知ってる。風邪引いた時にいつも晶馬が買って来てくれたやつ」


「そうなんですか?」


すごい偶然だ。


「嬉しい。湯井沢くんありがとう」


「いえ、どういたしまして」


「……今日湯井沢くんが来るって聞いて本当は嫌だったんだ」


「叶さん?」


俺は驚いて彼を見た。


「湯井沢くんのことは好きだよ?それは本当。でも湯井沢くん可愛いから健斗を取られるんじゃないかっていっつも不安でさ」


「……可愛くはないですがそれは気付いてます」


「湯井沢?」


「分かってますよ。分からないのは健斗だけです」


「ごめんなさい!そうだよね、健斗は本当に鈍いよね!」


「本当に鈍いです」


え?なに?なんで急に俺の悪口??


「それなのにこんな素敵なお土産買って来てくれてありがとう。ごめんなさい」


「いいんです。逆の立場なら同じこと思ってます。でも今日は手伝いをしたくて来ました」


「手伝い?」


「契約したレンタル倉庫を探してるって健斗に聞きました」


「あ!そうなの?!それなのに僕、嫌な奴だね!」


叶さんの目が潤み出して、今にも泣きそうな雰囲気を漂わせていた。


「もういいんです。落ち着いたら調べ物を始めましょう」


湯井沢が微笑むと、叶さんは彼に抱きついて「ごめんなさい」と泣き出した。

そんな叶さんの背中をポンポンと叩く湯井沢。


……なんだこれ



けれど喧嘩が始まったらどうしようとハラハラしていた俺は、ひとまずホッと胸を撫で下ろした。





「湯井沢くんて賢いね」


昼間の湯井沢の考察を聞いた叶さんは俺と同じ反応を見せた。


そして部屋中探して一枚の見覚えのないカードを見つけたと差し出してきた。


「……カードキーですね」


「でも何も書いてないよ」


「ちょっと待ってください」


そう言うと叶はスマホでカードを読み込み検索を始める。


そして程なくして見つけたと呟いた。


「ほら、この会社のロゴだろ」


「ほんとだ!」


「その倉庫はどこにあるんだ?」


「幾つかあるが、最寄の倉庫はここから一時間くらいの場所だ」


「あ、ここ電話したけど誰も出なかったとこだ」


「じゃあもう一回かけて晶馬さんの名前で登録があるか聞けばいい」


「健斗!かけてみて!」


「はい!」


俺は緊張しながらスマホをタップすると、短い呼び出し音の後、年配の男性らしき人が対応してくれた。

代理ですがと前置きして契約の有無を聞くと、あると答えが返ってきたので、週末に訪問の約束を取り付けて電話を切った。


「……どうだった?」


「あった。鮫島晶馬さんの名前で契約があるって!」


「わあ……」


「いよいよですね!叶さん」


「うん」


叶のぎゅっと握った手がじわりと汗ばみ、唇が横一文字に引結ばれている。


俺はそんな彼の手をそっと掴んで目を見て話しかけた。


「大丈夫です」


「うん」


「もしまだ中身を見るのが怖いなら見なくていいんです」


「でも」


「取りにだけ行きましょう。契約期間もあるでしょうし、処分されたら困りますから」


「うん」


「手元に置いておけばいつでも開けられます。それはすぐじゃなくてもいいんですから」


「ほんとに?」


「はい、叶さんが開けたいと思った時に一緒に開けましょう。俺が側にいますから」


「……うん」


俺の胸に寄りかかって顔を隠すのは泣き顔を見られたくないからか。


俺はそんな彼を優しく抱きしめて背中をさすった。







その夜は湯井沢が一緒のこともあり、早めに叶さんの家を辞した。


夜の風は時折驚くほどひんやりと肌に刺さる。


「ありがとうな湯井沢」


「ああ」


それにしてもさっきから湯井沢が静かだ。

おしゃべりというほどでもないが、俺といる時は常に話題には事欠かないのに。


「どうかしたか?」


「いや別に。良かったな」


「本当にな。飴も喜んで貰えたし。それにしても不思議な縁だな。晶馬さんがよく買って来てた飴だなんて」


「そうだな。それだけお前との縁も深いって事なんだろうな」


「……ああそうかな?」


どうしてこっちを見ないんだろう。

そういえば、叶さんの家に行ってから、ずっと湯井沢と目が合ってない。


「湯井沢、俺なんかした?」


心配になってそう聞くと、湯井沢がそんなことないとぎこちなく笑った。


「自業自得だから」


「なにが?」


「なんでもない。じゃあ、俺はこっちから帰るから」


「え?駅まで一緒に……」


「いや寄るとこあるし」


こんな時間から?


「ちょっと待ってくれ!」


足早に立ち去ろうとした湯井沢を慌てて引き留めようと、俺は彼の腕を掴んだ。


そのはずみでよろけた湯井沢が体制を崩す。

俺はその体を抱きしめるように支えた。



「あっ……!!」



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