「佐渡くん、今日飲みに行かない?」
終業のベルが鳴ったと同時に東堂課長がうちの部署にやって来た。
「暇なんですか?」
俺が返事をするより先に隣の湯井沢が切って捨てるように言い放つ。
わざわざ誘いに来てくれたのにそんな冷たい言い方ある?
「だってずるいよ。二人でお祭り行ったんだろ?俺も行きたかった」
「あ、すいません、叶さんと一緒だったので」
「叶くんにも会いたかった」
「……一度聞いておきますね」
「本当に?約束だよ?」
「……はい」
なんで俺の周りってグイグイくる人ばっかりなんだろ。
「そう言えばさ、お祭りの日に叶くんの家を探したんだよ。散歩がてらに」
「課長、犯罪です」
「ごめんごめん、君たちにも会えるかと思ってさ」
謝ってるくせに反省してない態度と顔の課長に、俺はきっと一生敵わないんだろうな……
「でも見つけられなかったよ。絶対あの辺りだと思ったのに」
以前、湯井沢と一緒に叶さんの家から帰るところを見られたから、目処をつけられたんだな。
こわ。
「あの辺りは入り組んでて分かりにくいんですよ。路地もどこも似てるし初見だと絶対迷います」
「そうなの?じゃあ余計に連れて行ってもらわないと」
……なんで?
「まあ、機会があればということで」
「よろしくお願いします!」
狙いはショーマだな?と思うけど、叶さんの記憶が戻らないと何も分からないのですよ、と心の中で謝っておく。
「そんなわけで今日は飲みに行ける?」
「すいません課長、俺今日用事あるんでまた誘ってください」
今日も叶さんの家に行って、レンタル倉庫を探すのだ。
「しょうがないなー。しつこくして嫌われても困るからまたにするよ、じゃあねー!」
手を振って爽やかに去っていく課長の後ろ姿に、湯井沢が舌打ちをしていた。
ひどい。
「お前の従兄弟だろ?なんでそんなに嫌うんだよ」
課長は湯井沢を気にかけて可愛がってるように見えるけど。
「油断するとすぐ健斗にちょっかいかけるからな。まあでもそれがなくてもあんまり仲良くしたり頼りたくない。いつかいなくなった時困るから」
「ん?」
「頼りたくないからあんまり親しくなりたくないって言ったの」
「おお……」
分かるけど。
でもそれって親しくしたら頼っちゃうって事だろ?
東堂お兄さんそんなの聞いたら嬉しくて倒れちゃうぞ?
「……それより今日はなんの用事があるんだよ」
「あーいや、なんでもないよ」
そう言ってチラリと湯井沢を見ると、眉間に皺を寄せてむすっとしている。
その顔を見て、この間の東堂課長の言葉を思い出した。
『味方は多い方がいい』
……そうか、そうだよな。
湯井沢とは助け合える対等な関係でいたいと思ったばかりじゃないか。
「湯井沢」
「なに?」
「相談したいことがあるんだけど」
「えっ?なに?なんでも言ってくれ」
眉間の皺が綺麗に取れて大きな目がくるくると動いている。
……かわいいな。
「実は今、行き詰まってることがあって」
「何に??」
「実は……」
俺は湯井沢にレンタル倉庫の話を聞いて貰った。
黙って最後まで話を聞いた湯井沢は、早速手伝うと言って自分のスマホを取り出した。
「世間に疎い叶さんが自分で貸し倉庫を登録したとは思えない。契約は晶馬さんがしたんじゃないかな?」
「あ!なるほど」
「それに鍵やカードキー、暗証番号なんかがどこかにあると思う。カードなんかだと店の名前が書いてる場合もあるから探してみたら良いと思う」
「聞いてみる」
「それと、大事なものって言ってたなら、ある程度信用できる業者で契約したんじゃないかな。……これが国土交通省が認定した業者の一覧」
そう言うと、俺の目の前にスマホをかざした。
「思ったより少ないな。これなら絞り込めそうだ」
「それでも各社に支店は沢山ある。まずは叶さんに手がかりを探してもらいつつ、近くの支店を抜き出して、そこから当たっていこう……なに?疑問点か?」
「いや、頭がいいとなんでもできるんだなあと思って」
「健斗だって成績良かっただろ」
「いや、なんて言うか。湯井沢は応用が効くよな。俺なんて試験勉強で丸暗記は出来てもこんな風に自分で考えて行動するのは苦手だ」
「まあ、必要に迫られたら人は何でも出来るようになるんだよ。それより早く叶さんに連絡しておけば?」
「分かった」
早速、湯井沢に言われたことを叶さんにメッセージで送る。
すぐに(探してみる)と短い返事が届いた。
「今日も今から叶さんのところに行くけど、湯井沢も行く?」
「……邪魔じゃなければ」
「邪魔なわけないだろ」
夏祭りであれだけ仲良くなっておきながら今更何を言うのか。
それなのに当の本人は俺を見ながらため息をついている。
訳が分からない。
「じゃあ念の為に叶さんに僕も行っていいか聞いてみて」
「疑り深い奴だな」
仕方なく俺はもう一度叶さんに連絡を取る。
先ほどより秒の速さで返事が返って来た。
「『勿論だよ。是非一緒に来てね、楽しみに待ってる』だって。ほらな?」
「あーそれならいいけど」
浮かない顔でそれだけ言うと湯井沢は再びスマホに視線を戻した。
終業時間をかなり過ぎていたせいか、フロアに人は見当たらない。
今日は部のメンバーは全員直帰だと聞いていたので、俺たちは施錠をしてエントランスまで下りた。
「お土産何しようか」
「俺が買うから任せろ。何がいいかだけ考えてくれよ。湯井沢様の光り輝くセンスで」
「バカにしてんのかな?」
心外だ。
本気でそう思ってるのに。
「じゃあ駅を降りてからちょっと寄り道していい?」
そう言って湯井沢が立ち寄ったのは、みるからに古い造りの小さなお煎餅屋さんだった。