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24話 欲張り

翌日はいつも通り、湯井沢と社食でランチを食べた。


俺は単品の海鮮焼きそば、湯井沢は牛カツ定食。

定食の小鉢は三品で、小松菜のお浸しとコーンサラダ、それに驚くことに最後の一つには唐揚げが乗っている。


見ているだけでお腹がいっぱいになる。



「なあ、健斗」


「ん?」


「東堂課長に何言われたか知らないけど気にする必要ないからな」


「え?」


「お前が俺のこと面倒になって切り捨てたいと思ったらそうすればいいし、叶さんに遠慮して仲良くしたくないって言うならそれも仕方ないと思ってる」


「……湯井沢」


俺は申し訳なさに消えてしまいたかった。


「なんだよ。やっぱりもう離れたいのかよ」


強気な口調で話しているくせに、カツを掴んでいる箸が震えている。


俺は昨日の課長の言葉を思い出した。


「ごめんな、湯井沢」


「謝んなよ、仕方ないだろ」


「違うんだ。叶さんのことは大事に思ってるのに、湯井沢にもずっと一緒にいて欲しいと思ってた。それがどんな酷いことかも気付かないで」


「健斗?」


「湯井沢、俺……」


「……え?」


湯井沢が前のめりになり唾をごくりと飲み込んだ。


「俺、もしかしたらものすごい自分勝手で欲張りな性格なのかもしれない。どうしよう」



「……は?」


湯井沢が一瞬で真顔になる。そしてガツガツと箸を動かし、食事を再開した。


「なんだよ、本気で悩んでるんだけど」


「悩んどけよ」


「湯井沢~」


なんとなくいつもの二人に戻ったことに安堵しつつ俺も焼きそばを食べ始める。


「まあ人なんて自分が一番大事だから」


湯井沢がポツリと呟く。


「でもそれは……」


「自分の一番の味方は自分だろ。それでいいんだよ。現に僕はずっと人のことばっかり考えてた健斗が、欲張ってくれて嬉しい。そしてそれが僕に関する事で余計に嬉しい」


湯井沢は照れているのかぶっきらぼうにそう言って次々に料理を口に放り込んでいる。


「うん……」



「あ、それと、さっきのあれ、俺は本気だから。俺が邪魔ならいつでもお前の前からいなくなるから」


「うん、……でも俺は欲張りだからやっぱり湯井沢に側にいて欲しい」


「……何言ってんだバカ」


その赤くなった目元を見て、俺はまた不埒なことを考えてしまいそうになった。











『今夜は話があります』


俺は叶さんにメッセージを送った。


この先どうなるかは分からない。

けれどこの中途半端な自分の感情を、ちゃんと彼にも伝えておきたかった。


叶からの返事はなかったが、定時に退社してケーキを買い叶の家に着く。


いつもなら呼び鈴で飛び出してくる叶が今日は出て来ない。

少し早かったからだろうか。


俺は初めて自分で引き戸を開けて中に入った。



仄暗いリビングに、叶はいなかった。


独立しているキッチンのドアを開けて中を見回すが、薄灯りの中にやはり姿は見えず、ダイニングテーブルの上に置きっぱなしの携帯が、メッセージの受信を知らせるランプを虚しく点灯させていた。


「買い物でも行ったのかな。夕方は混むから行かないって言ってたのに」


人見知りの彼は買い物の時さえも人との接触は最小限にしたいようだ。

それなのに俺が帰りに買ってくると言っても食材は自分で選びたいと譲らなかった。


絵と一緒でこだわりがあるのかもしれないな。


そうだ、絵だ。


案の定、廊下を進むとアトリエのドアから光が漏れている。


俺は部屋をノックした。


「叶さん?」


「わあ!びっくりした!」


振り向いた彼は顔まで絵の具まみれになっている。

その手に握った筆の先にあるのは例の海の絵で、それはすでに半分ほど塗られている。


「ごめんね!集中してた。すぐ晩御飯作るよ」


「いいんです、今夜は俺が作ります。と、言ってもすごく簡単な物しか出来ませんけど」


「ほんと?健斗の手料理楽しみ!」


手料理なんて良いもんじゃない。

俺は気恥ずかしく思いながらもオムライスを準備した。


他人様の家の台所なんて普段使うこともないし、どこに何があるかなんて分かるわけないんだけど、不思議と手際よく調理することが出来た。

いつも彼が作っているのを見ていたからだろうか。

それとも晶馬さんもここで料理を作っていたのかな。


出来上がったオムライスにインスタントのスープを添えてアトリエに持っていく。


「わーありがとう!美味しそう」



こんな物でも叶さんは美味しそうに食べてくれるので、俺も今までで一番の出来かもしれないなんて自画自賛してしまう。

まあ叶さんの料理の腕には敵わないんだけど。



「叶さん、この絵いつ完成するんですか?」


アトリエで食事をするのは初めてだけど、こうして絵を見ながら食べると更に美味しく感じる。


「そうだなあ、後一ヶ月くらいかな」


叶はそう言って乾いている部分を愛しそうに撫でた。


やはり見れば見るほど、リストランテに飾られていた物とそっくりだ。

だが、ショーマさんの話題を口にしていいのだろうか。


「健斗、気付いた?これ前に一緒に行った海だよ」


「ああ……確かに!」


だから既視感があったのか。

言われてみれば波の向こうに見覚えのある小さな岩が二つ突き出ている。


どうして晶馬さんはこの海を知ってるんだろう。偶然かな?

どうしても気になって、俺は質問を変えてみた。


「晶馬さんも絵を描いてたんですね」


「え?描いてないよ?」


叶さんはどうしてそんなことを聞くのかと不思議そうな顔で俺を見た。


「あの人は根っからの営業人だよ。芸術方面にはまったく興味がなかったから僕の絵もろくに見たことなかったよ」


どういうことだ?

頭が混乱する。

これはもう、すべて話して謎を解くしかない。



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