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21話 大切なもの

結果的に焼きすぎた食材を俺たちは必死で腹に収め、苦しいと笑いながら現在は河原に敷いたシートの上で横になっている。


体が消化するのに精一杯でやたらと眠い。

しばらくうとうとして気付くと叶は川を見ながらスケッチをしていた。



それを見ながら俺はまた睡魔に襲われる。


風は爽やかにそよぎ、川から聞こえるせせらぎは心地よくて、いつまででも寝ていられると思いながら、また意識を手放そうとした時……


バシャン!!!


大きな水音がした。


なんだ?魚が跳ねてるのか?

それにしてもデカい……


薄目を開けて川を見遣ると、人の手らしきものが水面から突き出しているのが見えた。


「!!」


考える間も無く飛び起き、川へと走る。

チラリと見えた手に巻かれていた時計には見覚えがあった。


「叶さん!!」


そもそも人気のない場所だ。

助けを呼ぶことも出来ず、危険を承知で川に飛び込む。

中程の水流は予想以上に急で、所々に飛び出している石が無ければどこまででも流されてしまっただろう。


「け……けん!」


浮き沈みしながらも必死で差し出された手を俺は迷いなく掴んで力一杯引く。

叶の軽い体は引き寄せられて俺の腕の中におさまった。 



「ゲホッ!!ゲホ!!」


岸まで引きずり戻し、叶の背中を叩いて水を吐かせる。

全て吐き終えて意識を取り戻したのを見て、俺は河原に大の字に寝転がった。


「ごめん……なさい、釣竿が流されて……」


「いい……んです。助かった……から」


二人ともゼェゼェ言いながら指一本も動かせない。体力を全部持っていかれたようだ。

それほどに川の流れは恐ろしいものだった。





そうやって息を整えてからしばらくして上半身を起こすと、叶が唇を紫にして震えているのが見えた。


「叶さん、寒いですか?この先に温泉施設があるので行きましょう」


「違う、寒くない」


「叶さん」


「本当に違うんだ」


そう言いながらも震えは止まらない。


「僕、さっき死にそうになって走馬灯みたいに色々なことが頭を過って」


「うん」


「その時に大事なことを思い出したんだ」


「なんですか?」



「何か大切なものをどこかのレンタル倉庫?みたいなとこに預けたんだ。何かは分からないし、どこかも覚えてないけど物凄く大切なもの」


それを思い出した衝撃で震えているんだろうか。

俺は河原に脱ぎ捨てられていたパーカーでその体を包んで、宥めるように強く抱きしめた。








びしょ濡れになった俺たちは結局、温泉施設に行って温かいお湯に浸かった。

そして土産物屋に売っている服を買って着替えた。


結果、二人してお揃いの温泉名の入ったダサいTシャツとハーフパンツを着る羽目になっている。


「誰とも会いたくない」


叶がポツリと呟く。


彼は無頓着に見えて結構オシャレなので派手ではないがセンスのいいシンプルな服を好む。


……美意識に反するのだろう。

行きとは打って変わってしょんぼりした顔でシートに埋まっていた。


「あのままだと風邪ひくでしょ。大丈夫、見られるのはレンタカー屋の店員くらいですよ」


「……」


服のセンスもそうだが、先ほどの戻った記憶のことも叶にダメージを与えているようだ。


記憶というのは本当に不思議だ。

そんな大切なことを綺麗さっぱり忘れていたなんて。


けれど一緒に晶馬さんの浮気のことを思い出さなくて良かったと俺は思っていた。


「さっきの記憶の件ですけど」


目に見えて叶の肩が揺れる。


「レンタル倉庫って沢山あると思うんですけどまずは近くから当たってみればいいと思うんですが」


「……うん」


「どうしたんですか?」


「……怖い。だって中身を全然覚えてないんだもん」


「でも大切なものだというのはわかってるんでしょう?探した方がいいんじゃないですか?」


「……もうちょっと落ち着いたらにする」


「それは任せますよ。手伝えることがあったら声かけてください」


「手伝えることあった」


「なんですか?」


「……今日は泊まってって……」


シートに沈んだまま、照れ隠しなのかぶっきらぼうにそう言う叶がちょっと面白くて。



俺は、返事の代わりにそんな彼の頭を撫でた。













叶の家にたどり着いたのは夕方を少し過ぎた頃だった。

寝るには早いが何かをする元気も気力もない。

叶は見るともなく何かの画集を広げている。俺はそれを見ながらソファに沈んでぐったりしていた。


惰性でスマホを開くと結構な数の通知が来ていて、先ほど家族に写真を送ったことを思い出した。


『お兄ちゃん一人?」

『一人なわけないでしょ。ね?ゆいくんと一緒なんだよね?』

『そうなの?またゆいくん家に連れてきてね』

『そうだよ独り占め禁止!ゆいくんに会いたい~』


湯井沢は優しく頼りになるイケメンとして双子たちに大人気だった。もう一人の兄くらいの立ち位置で、勉強なんかも見てくれてたっけ。




そうだ、今度実家に叶さんを連れて行こう。

家族にも紹介したい。

彼が嫌がらなければだけど。


『今度家に連れて行きたい人がいるんだけど』


俺がそう送信すると光の速さで返信が来た。


『いよいよなの?!』

『きゃー!!兄貴やったね!』

『私たちは偏見ないからね、好きな人と結ばれるのが一番よ』


ウェディングやらハッピーマリッジやらのスタンプが続々と押される。

しかも最後のメッセージは母親からだ。



……なに?この盛り上がり。



『どうせならゆいくんの誕生日に合わせて来てよ。あたしたちケーキ焼くから!』


……なんで湯井沢の誕生日?


『ゆいくんに会うの久しぶりでテンション上がるー⤴︎』


『いや、連れていくのは湯井沢じゃないけど?』


なんで自然に相手が湯井沢だと思ってるんだよ。しかもウェディングってなんだよ。


けれど相手が男であるという点は同じなので、叶さんを連れていくハードルは下がった気がする。


『嘘でしょゆいくんじゃないなんて』

『ありえない』

『やだー!』

『何処の馬の骨なのよー!』


あっ、これハードル上がった奴だ。


去年大学に入ったばかりの双子たちの息はぴったりで、光の速さでメッセージを送ってくる。

そうは言いつつも、『冗談よ、ちゃんと仲良くやるから連れて来て』とフォローも忘れない。


まったく素直じゃないんだから。


けれどやり取りしているうちにすっかり時間が経ってしまった。俺はめんどくさくなってまた連絡すると入れてから通知をオフにした。



「叶さん?」


画集のページをめくっていたはずの彼は座ったままいつの間にかすぅすぅと寝息を立てている。


俺は人形のようにくったりした彼を横抱きにして、敷きっぱなしの布団まで運んだ。





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