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20話 思い出したこと

久しぶりのアウトドアだ。

昔はよく家族と行ったっけ。


張り切って火を熾す父親と食材の準備をする母親。それに俺の周りではしゃぎ回る双子の妹たち。

賑やかな子供の頃の思い出が蘇ってくる。


家族仲はいいが、基本的にそれぞれが交友関係も広く、趣味を持つなど忙しくしているので用事がなければ連絡も取り合わない。


けれど柄にもない郷愁を感じて、俺は写真を一枚撮り、妹が作った家族のグループチャットに送信した。


「わー!僕も写真撮る!」


いつの間に来たのか、叶もすっかり慣れた手つきで煙を立てる焼き網にスマホを向けている。

撮れた写真に満足したのか、その後も周りの景色を撮るためにウロウロと歩き回っていた。


「健斗の撮った写真見せて」


「どうぞ」


ピロン!


「わ!?」


叶がスマホを受け取るなり、通知音が鳴った。


「すいません、家族に写真を送ったので返事が来たんだと思います」


「家族……見てもいい?」


「いいですよ」


「あ!いいね!ってスタンプがついてる」


誰かへの買い物の依頼だとか、誰宛に郵便が来ていただの荷物が届いたただの。

なんのことはない日常の伝言板を、叶は興味津々で見つめている。


「仲良いんだね」


「そうですね、いい方だと思います」


以前、晶馬さんには家族がいないと言っていたが、叶さんはどうなんだろう。


「僕は赤ちゃんの頃、養護施設の前に捨てられてたんだって。晶馬も似たような境遇で僕たちは気が合ったんだよ」


「……そうですか」


俺の疑問に気付いたかのように、そう語る彼からは、負の感情は見えなかった。 


大変でしたね、とか、立派に大人になってすごいですね、とか。


そんな模範的な言葉が上滑りするくらい淡々とした表情。


これが彼の普通なんだ。


家族のいない子供時代なんて俺にとっては想像もできないけれど、そもそも最初からいなければそれを恋しがる事もない。


そう思うと【一般的な生活ライン】から外れた人への世間の同情というのは、とても的外れだなと思った。



「健斗!一緒に川で遊ぼう?小さい魚が沢山いるんだ」


もう興味が他に移ってる。

俺は心の中でふっと笑った。


「もうちょっと待っててください。肉を焼いたら遊びましょう」


「えー仕方ないな。野菜も焼いてね?」


「分かってますよ」


叶は丸く削れた石をジャリジャリと踏み締めて川の方に戻って行った。


その側には釣り竿とバケツ。

初心者にはハードルが高いので釣果は期待していない。

雰囲気だけ楽しめればいいと思って用意したものだ。


バーベキューには肉も野菜もたっぷりと用意してあるが、叶は釣りたての魚を食べるという野望を捨てきれないようで、真剣な顔で釣竿を振っている。


……餌を付けることを忘れているみたいだけど。



空は青々と澄み渡りいい気候だが、山の中だからか気温が低くて川の水は少し冷たい。

長く浸かっていると風邪を引きそうだ。


俺はトングを置いて、自分の着ていたパーカーを叶さんに着せに行った。


「健斗が寒くなるよ」


振り向いてそうは言うが、服の端をギュッと握っている。

やはり寒かったんだろう。


「俺は筋肉量が多いので大丈夫です」


「そう言えば健斗は病気だったのに体鍛えててえらいね」


「運動が出来なかったのがコンプレックスだったから、手術が終わってから筋トレ始めたんですよ。そしたらハマっちゃって湯井沢にはいつもゴリラって言われてます」


俺がそう言うと、叶はニマリと笑って手を振った。


「ゴリラじゃないよ。すごく丁度いい綺麗な筋肉ついてるし顔もかっこいい。きっと湯井沢くんは、健斗が自分に自信付けてモテるようになるのが嫌だから、そんなこと言ってたんだよ」


「えっ?まさか」


「まんまと湯井沢くんの策に乗せられたねえ」


「ほんとですか?あいつ、自分より俺がモテるのが嫌だったのか」


俺がそう言うと、笑ってた叶はきょとんとした顔になった。


「違うよ。健斗のことが好きだから誰にも取られたくなかったんでしょ」


「……?まあ、俺も好きですけど」


「うーん、健斗はもうちょっと大人になった方がいいよ」


「もういい大人です」


「そうじゃなくて」



そう言うなり、叶はおもむろに釣竿を放り出し、後ろに立っていた俺の顔を両手で掴んだ。


そしてそのまま背伸びして俺の唇に自分の薄い唇を合わせる。


「!!!!!」


時間で言えばものの一、二秒。


唇を重ねるだけのものだったけれど、それは俺の人生で初めてのキスと呼ばれるものだった。


「どう?」


「ど、どどどどうって??」


しまった、動揺しすぎてちゃんと喋れてない。


「僕は晶馬とこれ以上のこともしてた。この先、健斗とちゃんと付き合ったらそういうこともすると思うけど健斗にできる?」


「え?」


これ以上のこと?


「それは未知の世界なので分かりませんが善処します」


「あはは、仕事じゃないんだから」


叶さんは明るく笑っていたが、俺は複雑な気持ちで焼き場に戻った。


現時点で言えばだが、叶さんに性欲がない。

それにはっきりと気付いたからだ。


さっきのキスも驚きはしたものの、隣の家のマルチくん(マルチーズ)に顔を舐められた時くらいの感覚だった。


俺にとって叶さんはあくまで家族で、キスも親愛の情を表現する、それ以上でも以下でも無いようだ。


そうなるとこれから先、もし恋人になっても叶さんの望む付き合い方は出来ないということじゃないか。


……レスは離婚理由の第一位と聞いたことがあるがそこのところ叶さんはどう考えるだろう。



「健斗!お肉焦げてる!」


ハッと気付くとトングを持ったまま丸焦げの肉の前で意識を失っていた。

だがこれは肉より大事な問題だ。


とは言え、お腹の空いた叶さんをそのままにしてはおけない。

俺は焦げた肉を片付けて新しい肉や野菜を網に乗せた。


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