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15話 お前を知りたい

社に戻り自席に着いたのと業務再開のベルが鳴ったのは、ほとんど同時だった。


危なかった。遅れたら何を言われるか……

俺は先輩である多田をチラリと見た。


「遅いぞ。五分前には席に着いとくのが新人の常識だろーが。仕事が遅れたら責任取れんのかよ」


ああ、また始まった。


以前俺に仕事を押し付けようとして湯井沢に邪魔された日から、多田は俺たちを目の敵にしているのだ。


「すいません」


社会人なので一応謝っておくが、共同業務ではないし、切羽詰まっている仕事もない。

なんなら多田が俺たちの邪魔をするせいで滞ることもあるくらいなのに。


「おい!湯井沢、お前も謝れよ」


その言葉に湯井沢のこめかみがピクッと引き攣る。



ああ、やめてほんとに。

今この場には俺たち三人しかいないんだから。




……うちの部署は営業事務でこの部屋にいるのは事務アシスタントだけだ。

通常業務は全て営業部からの指示で進めるため直属の上司はおらず、何かあれば別室にいるネチネチと嫌味な部長に指示を仰ぐ事になる。


まだ二年目の俺たちは営業との同行は月に数回だけで、その分資料や契約書類の作成などの裏方作業を任されている。


しかし多田は俺たちより先輩なので、普通であれば他の先輩と同じように営業と同行するのが主な仕事なのだが、彼の態度が良くないせいで営業からお声がかからない。

そうなると必然的に三人で社内仕事をする事が多くなり、こうやって度々揉めごとが起こるのだ。


他の先輩がいれば止めてくれるが、今日はみんな出払ってしまっている。

多田の口を塞いでくれる人は誰もいない……



「なんで僕が謝らないといけないんですか?遅刻しましたか?してませんよね?仕事の遅れ?多田先輩なんか案件抱えてましたっけ?」


無表情でこんこんと詰める湯井沢。


「やめろって!あのタイプは正論を拳で返してくるんだから!お前の綺麗な顔がどうにかなったら馬鹿馬鹿しいだろ!」


「……健斗、僕の顔綺麗だと思ってんの?」


「は?え?そりゃ……あ、俺いま声に出してた?」


ヤバい。


そっと振り返ると多田が怒りに震えながらこちらを睨んでいる。

俺は思わず身の回りで防具になりそうな物を探した。


その時、これ以上ないタイミングで湯井沢の携帯が鳴った。

湯井沢が話している隙に俺はそそくさとパソコンのスリープを解除して、仕事を始めるフリをする。

そうしているうちに多田は大きな音を立てて部屋を出て行ってしまった。


毎日飽きずに突っかかってくるあの元気を仕事に活かしてくれれば万々歳なのに。

そんなことを考えていると、電話を終えた湯井沢がスマホを置いて大きなため息をついた。


「どうした?」


「あ、いやなんでもない」


……まただ。


湯井沢はいつも俺には何も言ってくれない。

俺が何かで困っていたら、いち早く察知してアドバイスをくれるのに。


「湯井沢、今時間ある?」


俺は真剣な顔で湯井沢に向き合った。


「え?大事な話?」


「そう、大事な話」


「いいけど」


二人きりの部屋の隣同士の席で、見つめ合う男二人。

妙な絵面だが、今日こそはちゃんと長年の気持ちを伝えたい。


「なんだよ、早く言えよ」


湯井沢が嫌そうな顔で先を促した。


「あのさ、ずっと言いたかったんだけど。湯井沢は自分のこと全然話さないよな。何でも全部抱え込むだろ?」


「そうかな」


「うん。頼りにならないと思うけど一緒に考えるくらいは出来るからさ。もしかしたら意外な解決方法があるかもしれないじゃないか」


「だから?」


「悩み事や困ってる事があったら話して欲しいんだ」


俺は真剣に話していることを少しでも伝えたくて、じっと湯井沢の目を見つめる。


「やめろよ。恥ずいな」


そんな俺の顔を両手でグイグイ押さえにかかる湯井沢。


「いやお前がやめろ。俺のイケメンが台無しだ」


「黙れ綺麗めのゴリラ」


だから褒めてるのか貶してるのかどっちなんだよ。


「気にすんな。うち家族と仲が良くないからさ、それ絡みだよ。大したことじゃない」


「俺だったら家族とトラブルがあれば大したことだよ。話してみろよ。お前のことが知りたいんだ」


「今更?」


「う……ごめん。無関心だったわけじゃないんだ。どこまで聞いていいのか分からなかったから」


「うちの噂聞いたことあるだろ?結構訳ありの」


「あるけどちゃんと湯井沢の口から聞いたことしか信じない」


「……ったく。本当なんで今更」




小さい声で呟く湯井沢の耳が少し赤い。

白い肌にそれが映えて、俺の鼓動がぎゅんと跳ねた。



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