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14話 東堂課長の正体は

気がつくと俺の後ろに二人が立っている。

驚きのあまり大声を出してしまい、逆に驚かせてしまった。申し訳ない。


「おはよう健斗……何やってんの?」


「ごめん!何も聞こえてない!」


「は?なにが?おい!どこ行くんだよ!」


ゲートに向かってダッシュするが肝心の社員証がない事を思い出し、立ち止まって恐る恐る二人を振り返る。

怪訝な顔の湯井沢とやたらニヤニヤしている東堂課長。俺はどんな顔をするのが正解なんだ?


「湯井沢おめでとう……内緒にするなんて水くさいぞ」 


仕方なくとんだ棒読みでボソボソと祝辞を述べるが主役であるはずの湯井沢は怪訝な顔をするばかりだ。

ええいこの鈍感さんめ!


「何言ってんの?なにがおめでとうなんだよ」


「あはは!ヒロくん健斗くんが勘違いしてるよ。早く誤解を解いてあげなきゃ」


ひろくん?!


「誤解?何を誤解してるって?」


「あ、あの」


言っていいのか?!こんな誰に訊かれるかわからない場所で。


「健斗くん可愛いね。俺と湯井沢が付き合ってるって思ってるんだよね」


「……は?誰と誰が付き合ってるって?」


「ひっ」


一瞬で表情を変えた湯井沢の眼力たるや。

俺は持っていたビジネスバッグで顔を隠し震え上がった。








「従兄弟?!」


なんとなく恒例になりつつある三人での昼食会。社食ばかりも飽きるという事で、本日は会社の側にある人気の町中華に来ている。


「なんで隠してたんだよ!」


「隠してた訳じゃない。東堂課長が健斗を狙ってるから会社では声掛けんなって言ってただけ」


「狙う?あ、東堂課長ありがたいんですが俺計算弱いから経理は無理だと思います……」


「あはは面白いね健斗くん。人事スカウトの話じゃないよー」


俺はこの店一番の人気商品、麻婆豆腐ランチを食べながら(他になにが?)と首を捻った。


「そうだ東堂課長、以前どこかでお会いした事があるって話、ずっと気になってたんですけど」


「ああ、いい機会だから話してあげるよ。その代わりハグ一回ね。頬にキスでもいいけどどうす……いてっ!」


テーブルの下で大きな音がしたので下を覗くと湯井沢が課長の脛を足で蹴ったところだった。


「冗談だよ。すぐ本気にするんだから」


「いいからさっさと説明する」


「分かったよ」


仲良いんだなー。

俺の五歳下の双子の妹も、それはそれでとても可愛いんだが、実は昔から男兄弟が欲しかった。

兄や弟がいたらこんな感じだろうかとほっこりしながら二人を見守っていたが、課長の口からとんでもないセリフが飛び出て来て一気に現実に引き戻される。


「実は、健斗くんが心臓移植を受けた病院、俺あそこの一人息子なんだよね」


「えっ、ご実家がのぞみ子ども病院???」


「そうそう」


実家が病院、とんでもないパワーワードだ。


「課長、もの凄いセレブだったんですね」


この辺りでも一番大きな病院だ。他府県にもいくつか施設を持っていると聞いたので全てを合わせるととんでもない規模になるだろう。


「まあ、親父と喧嘩して勘当されてる身だけどね」


「……そ、そうですか」


勘当?そんな資産家の一人息子が一体何をしたら勘当なんてされるんだ?


ここは気になるけどご家庭の事情だしあまり突っ込まない方がいいだろう。人それぞれ色々あるわけだし、他人の俺が興味本位で聞くのはよくないよな。


「いやー医大に行ってたんだけど途中で進路変更したいって言ったら勘当されたんだよ。気が短過ぎると思わない?」


「げふっ!」


思ったよりあっさり気遣いを無碍にされて杏仁豆腐を噴き出す。

当の本人は愉快そうに笑っているが……


「あーあ、なにやってんの健斗」


世話焼きの湯井沢と、何故か課長までハンカチを差し出すので俺は迷った末に湯井沢のティッシュを受け取った。


「えー。ブランドのハンカチなのに。俺のは使ってくれないんだ。寂しいなー」


「高そうだなというのは見れば分かりますから。湯井沢と課長を比べたんじゃなくてティッシュとブランドのハンカチを比べたんです」


あからさまに嬉しそうな課長と心なしが気落ちした顔をしている湯井沢。め、めんどくさいな、なんだこの二人。さっさと話を変えよう。


「それで、病院のどこでお会いしましたっけ?」


病院の御曹司というのは理解したがそれでもどこで会ったのかは思い出せない。


「小児病棟で勉強クラスとか工作教室とか絵画クラブとかやってたの覚えてる?」


「はい!覚えてます。いつも楽しみでした。」


「うん、人気だったよー。そこでおもちゃの修理なんかもやってたんだけどそれも覚えてる?」


「はい……あ!」


俺の頭にぼんやりと当時修理を担当していたお兄さんの面影が浮かび上がる。


「おもちゃ修理のハンダゴテさん!?」


「……あ、まあ、そうだね。修理をしてたのは確かに俺なんだけど……そんなあだ名で呼ばれてるなんて今の今まで知らなかったな」


「待って!ハンダゴテさんってなに!!」


顔を真っ赤にして笑いを堪える湯井沢と、何故か黙り込む東堂課長。


「湯井沢、失礼だぞ?子供たちの間でハンダゴテさんはヒーローだったんだからな!」


入院中の子供達にとってゲーム機はなくてはならない物だった。どんなにきつい治療の最中でもゲームをしている時間だけは自由に世界を跳び回れたのだ。けれど悲しいかな、よく使う物ほどすぐ壊れてしまう。

そんな大切な宝物が動かなくなった時、子供達を救ってくれたのがこのハンダゴテさんだった。


「うわあなんで忘れてたんだろ。俺も充電できなくなったゲーム機を直して貰いました。湯井沢ほんとにハンダゴテさんは格好良かったんだぞ!?さっと来て本体を開いてハンダゴテでこう……」


「思い出してくれたからもういいよ、健斗くん。そのくらいにしないと湯井沢が笑い死ぬ」


「湯井沢……お前は本当に失礼な奴だな」


「ごめん!わかるよ?わかるんだ。でもどうしても東堂課長が……ハンダゴテさんって!」


「ほら笑ってないでそろそろ戻らないと昼休みが終わるぞ」


東堂課長の言葉に腕時計を見ると業務再開まであと五分だ。


「まずい。部長に怒られる」


俺たちは支払いを済ませ、まだ笑っている湯井沢を引きずるようにして急ぎ店を後にした。





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