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第10話 重い想い

「何言ってるんですか課長。食べ物ならここに沢山あるでしょう」


「いや、僕もう年だしこんな重い……ブフッ重いのはもう無理だよ」


まだ笑うか。

何がおかしいのかまるで分からないが、楽しそうに注文カウンターに行ってしまった。

湯井沢はそんな課長を睨みながらも気を取り直したように食事に向き合う。


「健斗、もっと食べて」


「食べてるけど」


「もっと!」


「なんでそんなに俺にご飯食べさせようとするの」


「お前最近痩せたもん」


湯井沢がポツリと呟く。


「そうか?」


自分じゃ分からないし、すごく元気だけどな。


「ちゃんと飯食ってんの?」


「食ってるよ。あ、あれかな?叶さんのとこで毎晩ご飯食べさせて貰ってるんだけど野菜中心ですごくヘルシーな和食なんだよ」


だから余計な脂肪は落ちたのかもしれない。


「健康的に痩せたならいいけど頬もげっそりして顔色も悪いぞ」


そう言われても……


「毎日の寄り道してるからかな。帰ってから洗濯や掃除しないといけないからちょっと疲れてんのかも。でも元気だよ」


「……うまく行ってるんだな。何よりだ」


「そうだなあ。毎日楽しいよ」



「……そうか」



それきり湯井沢は黙々と食事を始めたので俺も牛丼を完食すべく箸を動かすペースを上げた。








湯井沢side



「課長、健斗をどう思います?」


「どうって?」


健斗はどうにか牛丼を完食した後、資料の確認が終わってないとかで一足先に部署に戻った。


人の少なくなった社員食堂で僕は東堂課長と差し向かいで食事を続けている。


「痩せてたでしょう」


「そうだな。お前が言うように顔色もあまり良くなかった」


「苦労してるんだ」


そんな話をしながら僕はとんでもない量の食事を胃袋にどんどん詰め込んでいく。


「一度会わせて貰えば?その叶さんって人に。もしかしたら本当に野菜中心の食生活で痩せただけかもしないし」


「本当にそう思ってます?」


「まあここでぐだぐだ言うより建設的なんじゃない?それより湯井沢に課長なんて呼ばれるの新鮮だけど落ち着かないな。昔みたいに気安く呼んでくれよ」


「絶対嫌です」


「会社中に俺たちの関係をバラすよ?」


「……悠一兄さん」


「ああいいね。可愛かった頃の湯井沢くんを思い出すよー」


そんな頃なんて僕にはなかったはずなんだが。


「約束ですよ。会社で気安くしないでください」


「分かってますよー」


呑気に返事してるが本当に分かってるのかな。

御曹司なんだからね?

玉の輿争奪戦に利用されるのはごめんだ。



……東堂課長は僕の母方の従兄弟で医療法人東堂会の一人息子だ。

健斗が移植手術を受けたのぞみ子ども病院もその傘下にある。

勿論とんでもない資産家なので、関わり合いになると面倒との理由から社内ではお互いの関係は秘密にしている。


「顔色が悪いのも心配だけど俺の健斗くんが誰かのものになるのは面白くないな」


「本気で好きなわけでもないくせに。僕の邪魔はしないでって言いましたよね?」


「失礼だな。俺が本気かなんてお前には分からないだろ?小さい時から見てたんだからそりゃ愛着もあるよ」


「どうだか」


大学生の頃から病院の経営に携わっていて、病気の子供達のための様々なイベントの企画もしていた東堂は、入院していた時の健斗をよく知っている。

父親と喧嘩をして病院を辞め、僕たちと同じ会社に就職したのは偶然だが健斗と再会した時は元気そうだと喜んでいた。

まあ健斗の方は覚えてなかったみたいだけど。


「その頃から目をつけてたとしたらとんだ変態ですね」


「ヒロくんこそ俺に構ってる余裕ある?健斗くんは相変わらず純粋だしヒロくんの気持ちなんてミジンコほども気づいてなさそうだよ?」」


あ、これさっきの事まで蒸し返して面白がってる奴だ。

ヒロという子供の頃の呼び方で確信する。

変に誤魔化してもこの従兄弟には通用しないと思い、僕は肯定も否定もしなかった。


「ああいうタイプは昨日あった人と突然結婚するとか言い出すぞ」


「そうですね」


……まさに今がその状態だ。


東堂には偶然が重なり健斗がたまたま移植の提供者の恋人と出会ったとしか言ってない。


それでも何か勘づいているのだろうか。

こう言うところだけは鋭いんだから。


俺は無心でカツを咀嚼した。




健斗が幸せであれば問題ない。そりゃ悔しいし、相手が妬ましいけど、いつかは諦められるだろう。でも今の気持ちが健斗だけのものではないなら、そんなまやかしに巻き込まれるのは不条理だと思った


けどだからと言って俺を選んでくれるわけではないのだよな。


「元気出せよ、湯井沢浩之」


東堂は食べ終わったとろろ蕎麦の丼を持って立ち上がる。


「さっき俺とお前が親しいって言ったら健斗くんがショック受けてたぞ」


「え?」


「勘違いしてヤキモチ妬いたんじゃないかな」



……それが本当なら明日から毎日課長と出社しよう。

僕は心に決めた。


「まあさ、色々と結果を出す前にもうちょっと粘っても良いんじゃないか?お前はもう大人だし昔のように諦める必要はないと思うよ。欲しいものがあれば戦っても良いんじゃないかな?」


それだけ言うと東堂は手を振って食堂を出て行ってしまった。






昔のように……?


僕は手にしていたスプーンを置いた。


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