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3話 見つけた!

道ゆく人に嫌そうな顔をされながらも、俺はその人を追いかけた。

彼は気づいているのかいないのか、振り向きもせずにどんどん人混みに紛れていく。

「痛いっ!」


「あ!すみません!……あれ?」


だが、ぶつかってしまった女性に慌てて頭を下げている間に、その姿は見えなくなってしまった。

くそっ!こんなチャンス、二度とないかもしれないのに!

どうしても諦めきれず、近くの路地や店をくまなく見て回るも、特徴があるはずの薄い茶色の髪を見つけることはできなかった。



仕方なく元来た道を戻り、帰路に着く。

手には薬しか持っていないが食欲は消え失せてしまった。昔からとにかく栄養のあるものを食べるよう言われていたせいか、食事がどうでもいいと思うのは初めてだ。それほどに俺は落胆していた。


いや、まてよ。あの人は大きな荷物を持っていなかった。ということは、近くに住んでいるのか?それならこの辺りをうろうろしていれば、いつかはまた会えるんじゃないか?

一筋の光を掴んだ俺は、明日から毎日この通りを彼を探して歩こうと決めた。 



翌日はポカポカと暖かい春の日差しで、社内で仕事をしているのが勿体無いような陽気だった。隣の席の湯井沢は先輩について朝から客先に営業に出かけている。

いいなあ。俺なんかこの前の同行営業は雨だったからなあ。しかも事前にアポを入れていたにもかかわらず、担当者が急用で不在と言われ散々だった。

まあでも今日は人探しにもいい日和だ。夢で見たあの人に会えるよう頑張ろう。そんなことを考えていると、見覚えのある女性が俺の席にやって来た


「佐渡くん、今夜空いてる?」


俺にそう声をかけてきたのは、湯井沢の彼女で弊社の秘書部に所属する五歳年上の笹野さんだ。美人でスタイルもいい彼女は、高嶺の花として社内でも有名人だ。

けれど、俺の顔を見るといつも湯井沢への愚痴を涙ながらに語るんだよな。俺はあいつの保護者かなにかだと思われているんだろうか。


「あ、すいません。ちょっと今日は無理なんです」

「じゃあ明日は?」


「明日もちょっと……」


「お願い!湯井沢くんのことで相談があるの!こんなこと、佐渡くんにしか話せない」


そう言うと、高嶺の花は朝露のような涙を見せる。


困ったな。しばらくは人探しに専念したいんだけど。でも昔からおばあちゃんに、困っている人には親切にしなさいって言われてたんだよな。

臓器提供してくれた人はもちろん、そのご家族やお医者さん、看護師さん、入院中に世話をしてくれた人まで。たくさんの人に親切にしてもらいながら生きるチャンスをもらったんだから、少しでも世の中の人に恩を返しながら生きていきなさいって。

仕方ない。


「わかりました。じゃあ、仕事が終わったら下のエントランスで待っててもらえますか?すぐ行くので」


「ありがとう!あ、湯井沢くんには内緒ね」


彼女は嬉しそうにそう言うと、さっさと涙を拭いて自分の部署に戻って行った。

……人探しは明日からでもいいか。それにしても、湯井沢が彼女に冷たいからこんなことになるんだよな。なんだよ、全部あいつのせいじゃん。

湯井沢のデスクを覗き込むと可愛い瓶に入った苺の飴が見える。俺は腹いせに三つほど掴むと、それを口に放り込んだ。






夕方。

俺は仕事を定時で終わらせ、予約しておいたエントランス横の商談スペースに彼女を案内した。

個室でもなく簡単な衝立のみの場所なので、周りから変な誤解も招かないだろう。

笹野さんには斜向かいの席を薦め、準備万端にした上で相談とやらを待つが、当の本人は一向に口を開く様子がない。


「……素敵なカフェバーがあるって言ったのに」


「相談なんですからここが一番適してますよね?」


それには答えず、笹野は口を尖らせて、くるくる巻いた毛先を不機嫌に弄ぶ。

それほどまでに喉が渇いているのか?

それなら今日はもうお開きにしてはくれないだろうか。


「まったく、マジで鈍さ世界遺産級なんだから」


ニブサ世界遺産きゅう?


「笹野さん、それってどういう……」


「そういえば佐渡くん、妹さんいるんだってね!」


「え?はい?」


言葉の意味を尋ねようとしたら、突然遮られて家族の話を持ち出された。


「幾つ違うの?佐渡くんの妹だったら可愛いんでしょうね。会いたいなあ。今度家に行ってもいい?」


「いや、今は実家出て一人暮らしなので……」


「そうなの?!じゃあ気兼ねなくお邪魔できるね。今から行ってもいい?」



なぜ???


「前から佐渡くんとゆっくり話したかったんだよね。このあと佐渡くんの家に行くのとお勧めのカフェバー行くの、どっちがいい?」


一人暮らしの家に友達の彼女を連れて行けるはずがない。

勢いに飲まれて思わず「カフェバー……」と言いそうになったところで、聞き覚えのない声が背後から聞こえて来た。


「笹野さん、凄いねー。営業でもないのに選択話法で相手を追い詰めるなんて。肉食爆食い系女子ってやつ?」


振り向くと、人当たりの良さそうな笑顔の男が衝立の上から顔を覗かせている。歳の頃は三十過ぎくらいか。仕立ての良さそうなスーツを着て紳士然としたこのイケメン……うろ覚えだが、確か経理部の課長じゃなかったかな?

名前は確か……


「東堂さんには関係ないです」


笹野はキッと彼を睨み上げる。

そうそう、東堂さんだった。笹野さんありがとう。でも役職持ちにその態度はまずくないですか?


「この間まで俺に付き纏ってたのにね。そういえばあの可愛らしい童顔の彼はどうしたの?やっぱり捨てられたの?」


「!!!」


温和そうな容姿の彼には似つかわしくないキツい言葉に、笹野の眉が吊り上がる。


「……失礼します!」


そう言うと椅子を蹴るように立ち上がり、ヒールの音を響かせて走り去ってしまった。

残されたのは事情の飲み込めない俺と、初対面の東堂課長。

え?これもう帰っていいやつ?


「ダメだよ佐渡くん。あんな見え透いた手に引っかかっちゃ」


「引っかかる?」


「気付かなかったのかい?彼女は君を落とそうとしていたんだよ?」


「……どこからですか?」


「えっ?どこからって……物理的な話ではなくて」


「え?」


「いや、変わってないな。君は昔からそんな風だった」


彼は堪えきれないように笑い出し、そのまま俺の横に座った。


「昔?どこかでお会いしましたか?えーっと、入社直後とかその辺りですか?」


二年前でも昔といえば昔だ。だが、笑われるようなトラブルを起こした記憶はない。

「忘れちゃった?寂しいな。ところでもう彼女の件は解決したんだろ?いいカフェバー知ってるから、そこで昔のこと話してあげるよ」

……みんないいカフェバー知りすぎじゃない?

正直、あまり興味も無かったので早急に帰りたかったが、いい断り文句が浮かばない。助けを求めるように衝立の隙間からエントランスを見ると、客先から戻ったであろう湯井沢が見えた。

「あっ!すみません、東堂課長!俺、あいつに用事があって。話の続きはまた今度にして頂けますか!」

「いや、いいよ、待っ……」

「湯井沢ぁ!!!」

しまった。焦りから思った以上の声が出てしまった。これは危機に瀕した時のテンションだ。その証拠に、衝立の隙間から俺と目が合った湯井沢がすごい勢いで走って来る!

「湯井沢、顔怖い……」

「健斗は黙ってて。何があったんですか?東堂課長」

「何もないよ。湯井沢くんこそ、そんなに焦ってどうかしたのかい?」

一見なんてことない会話だが、湯井沢の声は聞いたこともないくらい低いし、課長はと言えば、揶揄うような面白がっているような色を漂わせ、それがさらに湯井沢を煽っている。

これはやばい!

「すいません!今日はこれで!」

俺は湯井沢の腕を掴むと、小走りで面談スペースから逃げ出した。

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