ネオンと喧騒に包まれる新東京集合スラムには今日も雨が降っていた。
さめざめと泣く女の涙のように、アスファルトに溜まる雨は黒ずんだように見える。重い曇天はネットワーク・エラーを吐き出すモニターを思わせるような灰色で、ネオンに照る雨粒はチャンネルを合わせ損なったアナログ・テレビの砂嵐のよう。
「別に用があるわけじゃねえ」
一言そう云った男は鋼で包まれた銃口を刺青だらけの痩せた男の蟀谷に当て、その様子を視界に端に収めた黒峯恭二は甘ったるい奇妙な臭いを孕む紫煙を吐き、雑多な人混みの間をすり抜けながら
「雨は嫌だ、色々な事を思い出す。あぁそうだ、あの時のような―――」
空いている席を見つけ、腰を下ろした黒峯はグレー・ゾーンの娼婦の、眉唾ものの褐色肌、背の高いアフリカ系難民のカラッとした軍服のような……。この難民の頬には彼が知り得ない部族模様の刺青が彫られており、肉の畑の畝のようになっていた。
「ディーンが来ていたよ、手下を二人連れて」
「君との仕事だろ? 黒峯」
黒峯は舌打ちをしながら新しい煙草を口に咥えた。娼婦がクスクスと笑いながら小突いてよこす。
「君、あんまり良くないね、黒峯」
と
「おかしなところで生真面目で、良くないのさ」
「そうとも」
黒峯は煙草に火を着け、ビールを口に含み。
「そこそこ真面目に生きて、おかしくなくちゃ生きていけないんだ。機械には分からないだろうけど、まぁ、お前は金輪際死ぬまで同じだろうけどな」
娼婦のクスクス笑いが一トーン高まった。
「お前もだぜ、姉ちゃん。だから俺の目の前から消えてくれよ、な? ゾーンがお前さんの巣なんだろ? どっかの知らない男と仲良しこよしでもしていればいい。そう思わないか? え?」
女は黒峯の真っ黒い瞳を見つめ、殆ど唇を動かさずに唾を吐く音を微かに立て、立ち去った。
「まったくなんて酷い飲み屋なんだ此処は。おちおち一杯飲めやしねぇ」
「ゾーンは歩合を出してくれるだろう? 君を此処で働かせているのは、見世物として価値があるからさ」
黒峯がビールを口に運ぼうとした瞬間、奇妙な静寂が場を包み込む。まるで全員が全員同時に話を区切ったかのような、オチに辿り着いたかのような、不可思議な具合。すると、例の娼婦のクスクス笑いが一層ヒステリー気味に響き渡った。
「天子様が来なさったね」
「日本人」
酔ったオーストラリア人と色褪せた軍服を着るソ連人が叫び。
「日本人が、あの黄猿共が神経接合を開発しやがったんだ。上等な施術を受けられるなら、ヤクを止めたっていい。あぁそうだ、ランナーさえいれば俺は……なぁ、兄貴―――」
「まったく、あれだ」
黒峯はジョッキをライトの明かりに照らし呟いた。苦い、胸の奥に仕舞い込み、腹の底に押し込めた苦い思いが急に込み上げてくるような。
「あれこそ、駄法螺じゃねぇか」