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人は、人形の夢を見るか?
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SFSFコレクション
2024年07月18日
公開日
9,863文字
連載中
混沌と汚濁、ハイテクとサイバネティックス技術が入り乱れた新東京集合スラムには今日も雨が降っていた。

スラブが銃を乱射して、ドラッグ・ジャンキーがアヘンを燻らせ紫煙を吐く。ボディ・インプラント施術者の鋼が軋む路地の端、麻薬入り煙草を口に咥えた黒峯恭二は弾丸と電子が交錯する光景に思いを馳せる。

今の黒峯は軍従市民権と電脳ランナーを失った飢えた獣。だが、その戦闘能力と獣性を求められた男に危険な仕事が舞い込んできた。顔をモニターに挿げ替え、電子音声と肉声が入り混じった奇妙な女の仕事を引き受けた黒峯は、一大企業が目論む陰謀に巻き込まれていくが……。

人と人形の境界線、全てを失った男が都市を駆けるサイバーパンクSF。

 ネオンと喧騒に包まれる新東京集合スラムには今日も雨が降っていた。


 さめざめと泣く女の涙のように、アスファルトに溜まる雨は黒ずんだように見える。重い曇天はネットワーク・エラーを吐き出すモニターを思わせるような灰色で、ネオンに照る雨粒はチャンネルを合わせ損なったアナログ・テレビの砂嵐のよう。


 「別に用があるわけじゃねえ」


 一言そう云った男は鋼で包まれた銃口を刺青だらけの痩せた男の蟀谷に当て、その様子を視界に端に収めた黒峯恭二は甘ったるい奇妙な臭いを孕む紫煙を吐き、雑多な人混みの間をすり抜けながら安宿コクーンへ入り込む。


 「雨は嫌だ、色々な事を思い出す。あぁそうだ、あの時のような―――」


 外国人スラブ調の思い出話と、外国人スラブ流の酔い方だ。安宿コクーン筋金入ベテランりの不法入国労働者のバー兼宿泊所で、此処で一年間毎日欠かさず麻薬を吸っていても日本語一つも聞けやしない。


 自動人形オートマータがバー・カウンターの中に入っており、六本の錆びた腕を器用に振るいながら酒を欲する労働者へアサヒの生ビールを注ぐ。黒峯を機械の目で認識した自動人形オートマータは感情一つも乗らない笑みを浮かべ、セラミック製の綺麗に整った黄ばんだ歯を見せた。


 空いている席を見つけ、腰を下ろした黒峯はグレー・ゾーンの娼婦の、眉唾ものの褐色肌、背の高いアフリカ系難民のカラッとした軍服のような……。この難民の頬には彼が知り得ない部族模様の刺青が彫られており、肉の畑の畝のようになっていた。


 「ディーンが来ていたよ、手下を二人連れて」


 自動人形オートマータが空いている腕で生ビールを滑らせて寄越し。


 「君との仕事だろ? 黒峯」


 黒峯は舌打ちをしながら新しい煙草を口に咥えた。娼婦がクスクスと笑いながら小突いてよこす。


 自動人形オートマータの感情センサーが二人の様子を測定し、大きい笑みを浮かべ、錆びた顎が鉄の軋みを上げた。この自動人形オートマータは既に生産及び修理部品が存在しないもので、金さえ出せば高性能な配給自動人形フード・オートマータが買えると云うのに、買い替える気が無い店主の愛着は紋章めいてすらいる。


 年代アンティークものの唸りを見せ、別のジョッキに手を伸ばす。六本の内一本だけ、エメラルドグリーンに塗装された新ソ連軍用義手は店主の義手。多機能ファンクションフィードバック演算義手はプラスティックに覆われた代物だ。


 「君、あんまり良くないね、黒峯」


 と自動人形オートマータは唸る。これが大笑いという設定になっているのだ。表面板金が剥げた腹の、機械部品が見える部分を突き出し。


 「おかしなところで生真面目で、良くないのさ」


 「そうとも」


 黒峯は煙草に火を着け、ビールを口に含み。


 「そこそこ真面目に生きて、おかしくなくちゃ生きていけないんだ。機械には分からないだろうけど、まぁ、お前は金輪際死ぬまで同じだろうけどな」


 娼婦のクスクス笑いが一トーン高まった。


 「お前もだぜ、姉ちゃん。だから俺の目の前から消えてくれよ、な? ゾーンがお前さんの巣なんだろ? どっかの知らない男と仲良しこよしでもしていればいい。そう思わないか? え?」


 女は黒峯の真っ黒い瞳を見つめ、殆ど唇を動かさずに唾を吐く音を微かに立て、立ち去った。


 「まったくなんて酷い飲み屋なんだ此処は。おちおち一杯飲めやしねぇ」


 自動人形オートマータは傷だらけの板金にエプロンを掛け、禿げた部分を塞ぎながら。


 「ゾーンは歩合を出してくれるだろう? 君を此処で働かせているのは、見世物として価値があるからさ」


 黒峯がビールを口に運ぼうとした瞬間、奇妙な静寂が場を包み込む。まるで全員が全員同時に話を区切ったかのような、オチに辿り着いたかのような、不可思議な具合。すると、例の娼婦のクスクス笑いが一層ヒステリー気味に響き渡った。


 自動人形オートマータが唸り。


 「天子様が来なさったね」


 「日本人」


 酔ったオーストラリア人と色褪せた軍服を着るソ連人が叫び。


 「日本人が、あの黄猿共が神経接合を開発しやがったんだ。上等な施術を受けられるなら、ヤクを止めたっていい。あぁそうだ、ランナーさえいれば俺は……なぁ、兄貴―――」


 「まったく、あれだ」


 黒峯はジョッキをライトの明かりに照らし呟いた。苦い、胸の奥に仕舞い込み、腹の底に押し込めた苦い思いが急に込み上げてくるような。


 「あれこそ、駄法螺じゃねぇか」



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