幽霊執事が穴の中に飛び降りると、親衛隊長・リバが斜面に剣を突き立てながら這い上がろうとしていた。
(動きがおかしい……。足でも負傷されたのか)
「隊長殿、ご無事ですか!」
「ああ、セバスチャン殿か。済まない、ヘマをした」
「動けないのですか?」
彼はちらと足下に目をやった。
穴の中はなかば邪神の腹の肉で埋まっているが、リバは肉と壁の隙間に落ちていた。セバスチャンが、リバの視線の先――足下を見ると、先程斬り落した邪神の触手が彼の足首に絡みつき、抜け出せないでいる。
「肉がジャマで蹴り飛ばすことも叶わぬのだ。さあ、名人に火をかけるよう伝えられよ」
「もう伝えてございます」
「しかし炎が……」
「まだ躊躇されているのでしょう。ですが、きっと大丈夫でございます。隊長殿も避難を」
「いやこうなれば腹でも割いて、邪神に少しでも手傷を――」
「何を仰る。貴方はこれからも王国に必要な方。必ずお救いします。まずはこのタコ足をこうして」
セバスチャンはリバのブーツから短刀を抜くと、名人に取り付けてもらった鉱石で刃先を少々炙り、触手のある一点に狙いを定めて突き立てた。
『……ッ、……ッ!!』
触手は、声にならぬ叫びを上げたように見えた。
そしてリバの足を放り出すと、激しく苦しみもだえ、穴の底をのたうち回った。
「一体何を……」
「種明かしは脱出してからでよろしゅうございますか?」
「あ、ああ」
頭上では、ヒウチの火炎放射が始まっている。
炙った傷口からは、染み出した体液がじゅうじゅうと音を立てて穴の中にシミを作っていく。
「ひどい臭いだな、蒸し焼きになる前に悪臭で死んでしまう」
「肩をお貸しします。さあ、立てますか」
リバは幽霊執事に力強くうなづいた。
☆
ヒウチが邪神の切り口を炙りはじめたころ、丘の上から黒騎士が慌ててやってきた。
「どぁ、だ、大丈夫か、ヒウチ殿」
坂道を止りそこねて、黒騎士はコロコロと二三度ほど転がってしまった。
「それはこっちのセリフじゃわい。ご覧のとおり、全員でクモタコを焼いておる。じゃが、これでよいのかのう。あいかわらず元気そうなんじゃが」
「そ、そうだな。炎が有効だとは思うんだが」
「でな、穴ん中にお宅の隊長さんと執事殿が落っこちた。ワシは動けんので助けてくれんかの」
「心得た――ん? もう出て来たようだぞ」
肩を担がれ、煤けた顔のリバと、幽霊だからか汚れひとつないセバスチャンが、黒騎士たちの元へ歩いてきた。
「おい大丈夫か、リバ」
「これは閣下、お見苦しい所を……」
「足をやられたのか」
「穴に落ちたときに少々」
「後は任せろ。ここで丸焼きにする」
黒騎士卿は担いでいた杖を外して握ると、指笛でどこかに合図を送った。
「まもなく双子と竜神姫が来る。セバスチャンと名人は、リバと親衛隊を連れてここから離れてくれ」
「御意」
「心得た」
「了解」リバは部下たちに向かって叫んだ。「撤収!!」