「お手伝い申し上げます!」
親衛隊隊長・リバが、黒騎士卿の判断を仰がんと振り返ろうとしたその時、背後から幽霊執事・セバスチャンの叫び声がした。
「むッ、執事殿か!」
「トゥッ!」
リバは半身をよじったが幽霊執事の姿は残像と化し、一拍置いてズシリと何かが剣に落ちたような衝撃が走った。
振り返ったリバの目に映ったのは、炎に塗れた刃の上に屹立する幽霊執事の勇姿であった。
「――落ちろ」
セバスチャンが腹の奥から絞り出したような低い声で言うなり、邪神の脚はバサリと根元から断ち落とされた。
「おおっ! 執事殿! 感謝申し上げる!」
「礼には及びませぬ。さあ、他の脚も」
「うむッ」
二人は初めての共闘であるにもかかわらず、長年の相棒のように阿呍の呼吸で次々と邪神の脚を斬り落していった。そして、幽霊執事の華麗な体さばきに、親衛隊員たちは一様に目を剥いて驚いた。
「きっと生前は名のある勇者殿であったに違いない」
「それはそれで楽しそうな人生ではございますね、リバ様。ですが、雑談をしているヒマはなさそうでございます」
「何か?」
「最初に斬り落した脚が再生しかけております故」
「なんだって!? 誰か、黒騎士卿に伝えてくれ。早く灼いた方が良さそうだ」
親衛隊員の一人が丘の上へと駆けていった。
「作戦では、黒騎士卿とドラゴルフのお二人、そして竜神姫様で焼き払う手はずでございましたよね」
「そうだ。しかし環境の異なるこの世界で、想像どおりに焼ける保証はない、とモギナス様は仰っていた。故に、幾重にもトラップを仕掛け、敵の体を少しでも削いで、決戦場におられる方々に受け渡すのが、我等の使命だ」
「ならば、やることは一つでございます。さあ」
「次はどうする、執事殿」
「斬れるかどうかわかりませんが、触手をやりましょう」
「心得た。残りの者は再生した脚を斬り、抉り、灼き潰せ。他のことは後回しでよい」
「了解!」
親衛隊員一同、隊長に応えた。
「ワシは何かお手伝い出来ますかな」
「おお、名人。そうですね……では、炎を吹き出すアレをご用意頂ければ」
「アレですな。心得ましたぞ」
ヒウチはバックパックの中から、邪神の卵を焼くのに使った火炎放射器を取りだして、組み立て始めた。
☆
隊長、幽霊執事、細工師の三名は邪神の後方に回り、触手の除去に取りかかった。
「では、私と執事殿で協力して足を一本づつ斬り落す。その切り口を名人に焼いて頂きたい」
「分かりました、隊長殿」
「焼き蛸ならこのワシに任せられよ」
しかし――。
いざうねうねと悶える触手を前にすると、親衛隊長・リバの胸に不安がこみ上げてきた。
(こんなに太くて激しく動き回る触手を、上手く斬ることなど出来るのだろうか)
「わたくしめにお任せ下さい。動きを止めてご覧に入れます」
リバの不安を見透かしたように、幽霊執事はおだやかな声で語りかけた。
「ああ、頼んだぞ。私も全力を尽くす」
幽霊執事は頷くと、剣を抜いてひらりと飛び上がり、逆手に持ち替えて一本の触手の中程を易々と刺し貫き、地面に縫い付けた。
「おおおおおッ!!」
幽霊執事の見事な仕事に、奮い立った親衛隊長は雄叫びを上げて、触手の根元に剣を打ち込んだ。ぐにゅりとした表面に剣を押し返されそうになるが、更に力を込めて一気に刃を食い込ませた。
「お見事にございます。あともう少し!」
「うむッ」
ヒウチは火炎放射器を握りしめ、緊張しながら己の出番を待っていた。
「もう少しじゃ……隊長、がんばるんじゃ……」
「うううぉぉおおおおおおおおおおおおおおッ!――――!!!」
親衛隊長が、さらに大きなうなり声を上げると、メキメキと腕の筋肉が盛り上がり、籠手を留めるバンドが今にも弾けそうになった。
――ぶつり。
全身の力を剣に込め、触手を断ち落とした親衛隊長は、力を受け止める相手を失って前のめりに穴の中へと落ちていった。
「た、隊長!」
「隊長殿ッ! 今お救いに――」
ヒウチとセバスチャンが呼びかけるとすぐさま穴の中から怒鳴り声がした。
「俺に構うな! 火を、火を放て!!」
幽霊執事・セバスチャンはうろたえる細工師の肩を掴み、
「あの方とて王家を護ってこられた猛者。信じて邪神を焼くのです。彼のことは私にお任せくださいませ」
「お、おお。頼んだぞ、セバ殿」
「はい、お任せを」
幽霊執事は笑顔で細工師・ヒウチに応えると、軽やかに穴の中へと身を投じた。