「やっとご到着か……。待たされたぜ畜生め」
トラップだらけの丘の上で、魔王・晶は吐き捨てた。
不気味な体を揺らし、邪神が麓近くまでやってきた。
さすがに目視出来る距離なので、双眼鏡はヒウチに返した。
「お前は入り口の脇に隠れていろ。いざとなればお前だけ逃げるんだ」
そう言う黒騎士卿の、宝具の杖を持つ手に力がこもる。
「さすがに今回ばかりは言うことを聞くしかねえな。……すまない、役立たずで」
「何を言うか。お前はお前の仕事をした。恥じることなど何もない」
「よくもまあ、そんな歯の浮くようなことスラスラ言えるな」
「……アキラよ」
「な、なに?」
「原初の星がどんなところか、俺には想像も出来ない。きっとここよりも平和で幸せな世界なのだろう」
「俺のいた国は、わりとそうかな。他はそうでもねえけど……」
「初めて会ったとき、お前は魔王のはずなのに、どこか平和ボケしたような顔なのが気になっていた。それはロイン嬢との付き合いのせいなのだと思い込んでいた。……なにせ俺自身が腑抜けに成り下がったのだからな。だが、それは勘違いだと分かった」
「そうですね、としか言いようがねえわ……」
「だが、紛れもなくお前はビルカ様の直系の子孫、直接指名された正当なる後継者なのだ。ビルカ様が代りも立てずに遊びに行かれていたら、国は大騒ぎになっていただろう」
「……まあ、それはそれでそうなんだろうな」
「お前は、いるだけで十分なのだ。いや、い続けることそのものが仕事なのだ」
「そうかなあ……。モギナスとか見てるとあんまそうとも思えないんだけど……」
「モギナスは、お前でなくても出来る仕事をしているだけ。しかし、お前にしか出来ないことは厳然として存在する。――だから、お前に万一のことがあってはならないのだ。わかるだろう?」
これ以上、何かを言ったところで、ハーティノスにムダな説得を続けさせることになりそうだし、かといって自分の自信のなさが解消されるわけでもなく。
晶は、ただうなずくしか出来なかった。
ハーティノスは、邪神後方を追尾している双子騎士に合図を送ると、二人は左右に散開し、ナナメ後方へと移動した。
さらにハーティノスは丘の上のメンバー――親衛隊、ヒウチ、セバスチャン――へ、戦闘配置につくよう合図を送った。
村人に人気なトロント・神と勘違いされたモギナス・迷宮案内人ラシーカの三名とからくり人形たちは、疎開するトカゲ人を伴って地上へと向かっている最中だろう。
「アキラ……うまくいくかな」
岩戸の影に半身を隠した晶に、ラパナがしがみついて訊いた。中身の方は通訳などで疲れて寝ているようで、現在の表層意識は別人格の方だった。
「パパがいないと不安か?」
「……否定はしない」
晶はラパナの肩をぎゅっと抱いた。
「大丈夫さ、ハーさんたちがきっと仕留めてくれる。邪神っつったって受肉してるんだ。破壊できねえはずはねえよ」
「だとよいのだが……。私は、あいつを倒す自信はないぞ」
「ぽいな。古竜神つっても、王宮でぬくぬく育った娘だからなあ。仕方ねえよ」
「……なんかムカつく」
「俺なんかもっとムカついてるよ」
「何に?」
「――自分に」
晶はラパナに悟られぬよう、顔を背けて、苦虫を噛んだ。
☆
「点火ァァァァ――――――ッ!!!!」
黒騎士卿の怒号の直後、丘を半ばまで這い上がってきた邪神の腹の下で爆発が起こる。一つ目の落とし穴である。
振動、爆風、その後舞い上がった土が頭上から降り注ぐ。
邪神は耳障りな悲鳴とともに、頭の方だけ穴に落ちた。邪神は穴の端にありったけの触手や脚をひっかけて、体を持ち上げようと蠢いている。
「参りますぞ!!」
「心得た!!」
セバスチャンの合図にヒウチが応えた。
幽霊執事は脇に抱えた木の杭を次々と投げて触手に打ち込み、地面に縫い止めていった。ヒウチは予備の木の杭を抱え、必死にセバスチャンの後ろを走っていく。
親衛隊員たちは、一人一本の杭を打ち込むと、全員が抜刀し、セバスチャンの合図を待った。
「よろしゅうございます!」
杭を打ち終わったセバスチャンが叫んだ。
「点火!!」
隊長のリバが号令を発すると、親衛隊員全員の剣が炎を帯びた。魔力によるエンチャントなのだろうか。油を染み込ませた松明のように激しく燃えている。
「かかれ!!」
さらに号令を発すると、親衛隊員たちは一斉に邪神に飛びかかった。
彼等の目標は、脚の切断。
斬りやすいと思しき、クモ状脚の付け根に剣を撃ち込んでいる。が、悶え苦しむ邪神は素直に脚を斬らせてはくれない。火の燃え移った脚をわらわらと動かして必死に抵抗している。
「くそッ、なかなか斬れないぞ……」
邪神の脚に刃を深く食い込ませた隊長・リバが苦戦していた。
もう一度全力で剣を打ち付けようとも思ったが、一旦剣を抜いてしまえば断ち落とす機会を逸してしまう。そう考えると思い切ったことも出来ない。
「このままでは、杭が外されてしまう……どうすれば」
黒騎士卿の判断を仰がんと振り返ろうとしたその時、背後から幽霊執事の声がした。
「お手伝い申し上げます!」