「うひい……絶景だな……」
魔王は、細工師・ヒウチの作った望遠鏡を覗きながら呟いた。
洞窟前に防衛線を敷いてから二日。
たっぷり食事を取った魔神が、10㌔ほど遠方から、周囲の木々をなぎ倒しながら接近してくる。全長約20m、タコとクモが絡み合ったような、グロくてよくわからない見た目だ。
魔神より『邪神』の方が相応しい、と晶は思った。
「どうですかな、よく見えますかな、陛下」
ヒウチが自慢のヒゲをなでながら、心なしか得意げに訊ねた。
「ああ、とてもよく見えるよ、名人。……というか、あんな禍々しいもの呼び出してくれちゃってまあ……。トカゲ人たちもきっとビックリだぞコレ」
「全員の疎開は終わっております、陛下」と、サリブ。
「住民のスムーズな疎開への貢献、感謝しているぞ」
「有り難き御言葉」
「ところでお姉さんは?」
「塹壕の確認に行ってます。うまくトラップが作動すればいいのですが」
「ハーさんを信じろ」
「そうですね」
晶は再び望遠鏡を構えると、邪神の監視を続けた。
昨日、竜神化したルパナの運んだ巨石を、洞窟の入り口前に土魔法でのりづけした魔王は、もう他にすることがなく、黒騎士より監視係を仰せつかったというわけだ。
巨石は邪神が入れない程度の隙間を空けて設置され、晶たちだけ出入り出来るようになっている。邪神の殲滅に失敗した場合、避難の時間を稼ぐためである。
「堀に落したら火をつけるのはいいけど、ぶっちゃけ燃料が足りないんだよな。ルパナや双子たちのドラゴンブレスで間に合えばいいがなあ」
「俺も及ばずながら攻撃に参加する。案ずるな、アキラ」
「うん……そうだね、ハーさん」
「宝物庫より持ち出したこの杖があれば、ヤツの手足を切り刻むことは容易なはず。動きを止めれば焼き尽くすことも容易であろう」
「すまねえな、俺が役立たずでよう。ここにいるのがビルカなら、もう勝負はついてるだろ?」
「だが、あの方ならそもそも金策のために迷宮に潜ったりはしないさ。あり得ない可能性など考えても仕方ない。お前はお前だ、アキラ」
「やさしいなあ、ハーさんは」
「バ、そ、そういうのでは」
黒騎士は赤面して、どこかへ去っていった。
「ツンデレかよ、ったく……」
晶は無能な自分が悔しかった。
LV1↓魔王な自分と、LV10000↑魔王のビルカ。
比較するのも馬鹿馬鹿しいくらい差があるのは分かっている。
きっとビルカなら、迷宮の地下で遭遇した時点で、邪神を瞬殺している。
それなのに自分は、邪神の子供ですら満足に倒せない。
――もっと、もっと圧倒的成長をしたい!!
それが魔王・晶の願いだった。
☆
「まっすぐ洞窟に向かっている……。また卵を産むつもりなんだな」
「気色悪いけど、目的が分かってるぶん倒しやすいよな、姉様」
「ああ、そうだな。でも、急にこっちに襲いかかってきたりしないだろうか」
「この距離なら……多分大丈夫だよ。ヤバかったら追い越して、洞窟に向かえばいいって閣下が言ってたじゃないか」
「そうだった」
その後、黒騎士の指示で、邪神に気付かれないように後方から追尾している双子騎士。万一攻撃が失敗し、方向転換してしまった場合の保険だ。
二人は、邪神が踏み潰して作ったジャングルの道を、追いつかないようゆっくり歩いていく。
遠くで火山が噴火した音が聞こえる。
ウリブは音のした方をちらと見た。
「こっからじゃ、なんも見えないな……」
「木の丈が高いからね。噴火を見たいの?」
「いや、なんとなく……」
「それにしても、まさか自分たちが異世界に来ちゃうなんてビックリだよね」
「しかも、もうじき滅ぶとか。もう頭がついていけないよ」
「トカゲ人、かわいそうだね、姉様」
「うん……。故郷が火山に飲まれて消えるなんてな」
「でも、我等の先祖が原初の星から移住してきたときも、似たようなものだったんじゃないのかな」
「似たようなって?」
「姉様は頭悪いから伝説とか覚えられないのか」
「嫌み言ってないで教えろよ」
「一万年前、原初の星では神々の戦争が起こり、大地は裂け、天からは雷が降り注いだという。我等のご先祖は国と民を救うため、大地ごと違う星へ移住した」
「ああ……そうだった。その時、昔の魔王と共に国を動かしたのが、古竜神様だ」
「思い出した? ダメじゃないか。大事なことだよ姉様」
「そうだな。うん、そうだ。我等が竜の血脈である証、忘れてはいけないことだ」
「……最近どうかしてるよ、姉様。ビッチから病気でも移されたんじゃないの?」
「んなことないよ!」
「――ほんとに?」
サリブは真顔で姉の顔を覗き込んだ。
「ホントだよ。安心しろ。私は私だ」
「なら……いいけど」
「前を見ろ。転ぶぞ」
ウリブは、植物のつるに足を取られ、よろめいたサリブの手を取った。