「モギナス様!」
生い茂る草をかき分け、黒騎士たちは到着した。
今まさに、神聖なる調べの奏でられる場となった『壁』の前に。
「ああ、ハーティノス卿! 魔王様はご無事ですか!!」
「はい、今陛下はキャンプで待機しておられます」
「良かった~~~……」
モギナスはその場にへたりこんだ。
「我々と猊下は、入れ違いにこの世界に来たのです」
「なんですと?」
幽霊執事の背中の上から、竜神姫が呼びかけた。
「おいモギナスよ。この壁を破壊する、そこをのくがよい」
「いや、それがその……もうしばらく待っていただけませんか、竜神様」
「なぜじゃ?」
モギナスはちらと、陶酔するトロントと、歓喜に震えるトカゲ人たちを見た。
「魔王様曰くの、らいぶ中、にてございます」
「らいぶ、ちゅう……とな」
竜神姫は首をかしげた。
☆
客人がやって来たせいで、壁はあっけなく撤去された。
実は、トカゲ人にとって壁はそれほど大事なものでもなかったのかもしれない。
モギナスは黒騎士たちを連れて、一旦村に戻った。
「それで……卿たちは、これまでどこでどうしていたのです?」
黒騎士はこれまでのいきさつをモギナスに語った。
「それはまた……摩訶不思議な話ですな。しかし、ここの住人があの穴を作ったり、化け物を送り込んだりしているとは、あまり思えないんですよねえ……」
「こうして見ているぶんには、原住民レベルの文化水準のようですな。我が国の周辺でももう少しは文明が進んでいる気がする」
「むしろ遅れている方が邪悪なものを呼び出してしまいそうに見えるんだけど、私」
「ラシーカの申すのも一理あるな。セバスチャン殿はどう見る?」
「発言の機会を頂けるのであれば……恐れながら、彼等からは邪気のようなもの、あまり感じられないというのが正直な感想でございます。
しかし、それとあの異形とが無関係という根拠にもならぬ訳でございます。さて……直接彼等から話を聞ければよろしいのですが……」
「おい、こやつら、助けて欲しいと言っておるぞ?」
祭壇の上の果物を貪り食っていた竜神姫が黒騎士に話しかけた。
「な!! 薬師殿はトカゲ人の言葉がお分かりになるのか!?」
「あー……なんとなく、じゃが。そう厳密な言語を話しているわけでもない故、思考そのものは割とシンプルじゃ。読むのにそう苦はない」
「トロントの苦労って一体……」
ヴィントがぼそりとつぶやいた。
☆
古竜神の娘、ルパナの聞き込みにより、トカゲ人たちの状況がおぼろげに分かってきた。――想像以上に、彼等は危機的状況に陥っていたのだ。
「じゃあ、神に祈ったら邪神が出て来たでござるの巻、なわけ?」
「そうじゃ、アキラ」
「ぬあああ~~~~~~~~~~~ッ」
ルパナからの報告を聞いた魔王・アキラは頭を抱えた。
モギナス一行と黒騎士達は、村人数名を伴って魔王のキャンプに戻って来た。
トカゲ人はドラゴルフの姉妹に興味を抱き、自分たちと、目の前の種族=魔族は、交配可能な近しい存在であると認識したようだった。
「トカゲ人たちは、彼等の言うのが正しければ、この大地に最後に残った知的生命体だそうだ」
「最後……」
「見てのとおり、大量の火山の噴火で多くの都市が滅亡し、トカゲ人以外の生物も死んでいった。被害の少ない土地に逃げて逃げて逃げ延びた結果、こんな場所まで追い込まれてしまったという」
「それで切羽詰まって神頼み……か」
「彼等曰く、ほとんどの神はもう逃げてしまい、最後に残った神があの異形の生物じゃった。確かに邪神……いやここで言う魔神は我等の世界への道を開いた。それが民の願いを叶える為だったのか、己の子孫を残すためだったのか、今となっては誰にも分からない……」
「で、その魔神はいまどこに?」
「しばし待て」
ルパナは、トカゲ人の長老に、身振り手振りを織り交ぜながら質問をした。
その答えが返ってくるのに少々時間を要したが、なんとか回答は出た。
「あー。長老曰く、魔神は食事をしに行ったのかもしれない、と」
「食事?」
「我等の世界で大量の子供を産み落としたと話したところ、栄養を取るためにこちらの世界に戻ってきたのではないか、ということじゃ」
「栄養……」
その言葉を聞いて、皆青い顔になった。
「あいつはきっと腹一杯になったら、また卵を産み付けにやってくる。その時を狙って始末する。ってのはどうだろう」
「私も魔王様のご意見に賛成でございますよ」
「だが、我々の防衛戦を突破して洞窟に入られてしまったら、倒すのは至難の業だし、最悪魔神の死骸で通れなくなったり、我々も生き埋めになる可能性がある」
「どうしよう、ハーティノス?」
「私に考えがある――皆、手を貸してくれ」
黒騎士卿は一同の顔を見渡した。